ホログラム
テストが終わって、私は5日ぶりに桜の木の下にいた。
Kとのあの会話から、私は『夢』だとか『進路』だとかそんなことを考えるようになっていた。
私が本当にやりたいことって、なんだろう。
私がやるべきことって、なんだろう。
私の人生って、なんだろう。
私って、『私』って、なんだろう……。
そんなことが雲のように私の頭の中を泳いでいた。
今日も今日とて同じように考えていたら、いつの間にかKが隣に座っていた。
「へっ……!? K、いつの間にいたの?」
「10分くらい前。お前、なんか難しい顔したまま俺に気付かねぇから」
「そ、そう……」
「……大丈夫か?」
Kは唐突に私にそう尋ねた。ぶっきらぼうな言い方だけれど、優しい声。私を心配してくれていることは十分に分かったわ。でも、それが何を心配してなのかが分からなくて、私は首を傾げた。
「なんのこと?」
「この前、俺が写真のこと話してから、ずっとそんな顔してた」
「どんな顔?」
「なんか、苦しそうな悲しそうな顔」
「そんな顔、してた?」
「無理すんな。穂澄のそんな顔見たくない」
Kは私の頭に手をぽんと置いて、私にそう微笑んだ。
嫌なら話さなくてもいい。だけど、無理だけはするな。と言外に伝えるKの優しさが心地よくて。
あぁ、この人はどこまで優しくて温かいんだろう。
Kが私の夢を嗤うはずがないのに。Kは私にKの大切なものを共有させてくれたのに。私だけ、怖がって目を背けてばかりなんて。
……嫌だ。Kには、Kにだけは知っていてほしい。理解してほしい。
そう思った時には私の唇はKに語り掛けていた。
「K。私、この前、嘘を吐いたの」
「嘘?」
「私ね、本当は小説家になりたかったの。でもね、私が小説を書いてるって知ったクラスメイトに馬鹿にされたり、親から『才能がない』とか言われて、怖かったの。嫌だったの。私の大切なものを馬鹿にされることがすごく怖くて、それのせいで周りの目が変わってしまうことが怖かったの」
ごめんなさい。貴方と同じように自分の夢に胸が張れなくて。
ごめんなさい。臆病なくせに夢を語る貴方に嫉妬して。
ごめんなさい。自分の夢を諦める理由を誰かのせいにして。
ごめんなさい。ゆるして。私のこと、嫌わないで。
考えもまとらないまま、ひたすらに感情が私の声にのせて言の葉を紡ぎ、涙がこぼれていく。誰にも言わなかった私の本音と懺悔と少しの矛盾をないまぜにKに訴えた。
その時のKはいきなり泣き出した私におろおろしていつもの仏頂面が崩れていたから、今思い出したら、少し笑えてしまうわね。
Kはぎこちない動作で私を抱きしめて、私が落ち着くように背を撫でた。
「謝んな。お前だけじゃない。俺も、怖いから。いつも写真の話をするときは、馬鹿にされるんじゃないか、否定されるんじゃないかって怖がりながら話してる。だから、お前だけじゃない」
「Kも、なの?」
「当たり前だろ。写真なんか特に人によって良い写真は違うから、しらねぇオッサンに『何を伝えたいのか分からない、駄目だ』だなんてしょっちゅう言われる。でも、ほかの人がその写真を見ると『いい写真だ』と言われることもある。小説も同じようなもんだろ」
少し落ち着いた私から離れたKは少し顔を赤らめながらも私の目をまっすぐに見て言った言葉は今でも私の心の支え。
「俺の写真もお前の小説も、人によって評価が違う。だから万人にうける作品は絶対に作れない。でも、俺の、穂澄の、作品をみて、何かを感じてくれる人が、好きだと言ってくれる人が一人でもいれば、俺たちはその道で成功してるんだよ」
「俺はお前の小説を読んだことはない。でも、普段のお前の言葉はいつも綺麗で澄んでいて、優しくて温かい。俺はそんな穂澄の言葉が好きだ。だから、お前の紡ぐ言葉が作る世界が嫌いなはずがない。……穂澄はすでに成功しているんだよ」
その時のKの言葉が私の今後の人生でどれほど救いになったか。この瞬間も例外ではなく、言葉にいい表せないほど心が救われた。
私は、これからも書いていいのだ。誰になんと言われようと気にしなくていいのだ。……隠さなくて、いいのだ。
その事実が嬉しくて、嬉しくて。うれし涙をこぼした後、今度は私がKの瞳を見つめ返して、お願い事をしたの。
「ありがとう、K」
「別に」
「一つ、お願いがあるの」
「切り替え早いな」
「Kの写真が見たい」
「おう、いいぜ」
快活に笑ったKはすぐに承諾してくれたが、すぐに意地の悪い顔になって、私にさも当然のように言った。
「勿論、穂澄も俺に小説読ませてくれるだろ?」
「…………そうなる?」
「なるな」
Kとのあの会話から、私は『夢』だとか『進路』だとかそんなことを考えるようになっていた。
私が本当にやりたいことって、なんだろう。
私がやるべきことって、なんだろう。
私の人生って、なんだろう。
私って、『私』って、なんだろう……。
そんなことが雲のように私の頭の中を泳いでいた。
今日も今日とて同じように考えていたら、いつの間にかKが隣に座っていた。
「へっ……!? K、いつの間にいたの?」
「10分くらい前。お前、なんか難しい顔したまま俺に気付かねぇから」
「そ、そう……」
「……大丈夫か?」
Kは唐突に私にそう尋ねた。ぶっきらぼうな言い方だけれど、優しい声。私を心配してくれていることは十分に分かったわ。でも、それが何を心配してなのかが分からなくて、私は首を傾げた。
「なんのこと?」
「この前、俺が写真のこと話してから、ずっとそんな顔してた」
「どんな顔?」
「なんか、苦しそうな悲しそうな顔」
「そんな顔、してた?」
「無理すんな。穂澄のそんな顔見たくない」
Kは私の頭に手をぽんと置いて、私にそう微笑んだ。
嫌なら話さなくてもいい。だけど、無理だけはするな。と言外に伝えるKの優しさが心地よくて。
あぁ、この人はどこまで優しくて温かいんだろう。
Kが私の夢を嗤うはずがないのに。Kは私にKの大切なものを共有させてくれたのに。私だけ、怖がって目を背けてばかりなんて。
……嫌だ。Kには、Kにだけは知っていてほしい。理解してほしい。
そう思った時には私の唇はKに語り掛けていた。
「K。私、この前、嘘を吐いたの」
「嘘?」
「私ね、本当は小説家になりたかったの。でもね、私が小説を書いてるって知ったクラスメイトに馬鹿にされたり、親から『才能がない』とか言われて、怖かったの。嫌だったの。私の大切なものを馬鹿にされることがすごく怖くて、それのせいで周りの目が変わってしまうことが怖かったの」
ごめんなさい。貴方と同じように自分の夢に胸が張れなくて。
ごめんなさい。臆病なくせに夢を語る貴方に嫉妬して。
ごめんなさい。自分の夢を諦める理由を誰かのせいにして。
ごめんなさい。ゆるして。私のこと、嫌わないで。
考えもまとらないまま、ひたすらに感情が私の声にのせて言の葉を紡ぎ、涙がこぼれていく。誰にも言わなかった私の本音と懺悔と少しの矛盾をないまぜにKに訴えた。
その時のKはいきなり泣き出した私におろおろしていつもの仏頂面が崩れていたから、今思い出したら、少し笑えてしまうわね。
Kはぎこちない動作で私を抱きしめて、私が落ち着くように背を撫でた。
「謝んな。お前だけじゃない。俺も、怖いから。いつも写真の話をするときは、馬鹿にされるんじゃないか、否定されるんじゃないかって怖がりながら話してる。だから、お前だけじゃない」
「Kも、なの?」
「当たり前だろ。写真なんか特に人によって良い写真は違うから、しらねぇオッサンに『何を伝えたいのか分からない、駄目だ』だなんてしょっちゅう言われる。でも、ほかの人がその写真を見ると『いい写真だ』と言われることもある。小説も同じようなもんだろ」
少し落ち着いた私から離れたKは少し顔を赤らめながらも私の目をまっすぐに見て言った言葉は今でも私の心の支え。
「俺の写真もお前の小説も、人によって評価が違う。だから万人にうける作品は絶対に作れない。でも、俺の、穂澄の、作品をみて、何かを感じてくれる人が、好きだと言ってくれる人が一人でもいれば、俺たちはその道で成功してるんだよ」
「俺はお前の小説を読んだことはない。でも、普段のお前の言葉はいつも綺麗で澄んでいて、優しくて温かい。俺はそんな穂澄の言葉が好きだ。だから、お前の紡ぐ言葉が作る世界が嫌いなはずがない。……穂澄はすでに成功しているんだよ」
その時のKの言葉が私の今後の人生でどれほど救いになったか。この瞬間も例外ではなく、言葉にいい表せないほど心が救われた。
私は、これからも書いていいのだ。誰になんと言われようと気にしなくていいのだ。……隠さなくて、いいのだ。
その事実が嬉しくて、嬉しくて。うれし涙をこぼした後、今度は私がKの瞳を見つめ返して、お願い事をしたの。
「ありがとう、K」
「別に」
「一つ、お願いがあるの」
「切り替え早いな」
「Kの写真が見たい」
「おう、いいぜ」
快活に笑ったKはすぐに承諾してくれたが、すぐに意地の悪い顔になって、私にさも当然のように言った。
「勿論、穂澄も俺に小説読ませてくれるだろ?」
「…………そうなる?」
「なるな」