星降る雨の中で
紙飛行機
『今日は卒業式がある学校が多いですね~。残念なことに天候は雨となっていますが…』
ラジオから流れる声。
"雨"。
窓を見ると、サァーーーと雨が降っている。スマホのラジオ設定をOFFにして、私はイヤホンを外した。
「うわー、結構降ってんなぁ。」
「今日傘持ってきてねーのに。」
大学で同期が騒いでいる。雨に対してのブーイング。
「今日、高校の卒業式だってよ。」
「まじか。雨とかツいてねぇな。」
「去年の俺らの卒業式も雨だったよな。」
「そーいや、そうだったなぁ。懐かし。」
…"高校"。"卒業式"。
「オレ、ちょっと様子見てから家帰ろうかな。」
「あ~オレはサークルに顔出してから帰ろうかなぁ。」
溜め息混じりの笑い声。そんな中、私は目を閉じて雨の音を聴いていた。
(…そっか。今日で一年経つのか。)
あの日もこんな雨だった。
───
──
─
一年前。高校の卒業式。
「とうとう卒業だよぉ、チナツ~。」
「カナコ。三年間あっという間だったね。」
「はぁあ~。せっかくの卒業式なのに雨かぁ。おかげで桜も散っちゃって。ムードないよね~。」
「はは、確かに。」
開けっ放しにしていた窓から雨が入ってくる。卒業式には似合わない、土砂降りの雨。
卒業式は、あっという間に終わった。
教室の中は笑い合っている子や泣いている子、写真を撮っている子、親と一緒にいる子、先生に感謝の言葉を述べている子、様々だ。そんな景色を私はただただ眺めていた。
「…三年間、あっという間だったね。」
カナコは上擦る声で私に言った。隣にいる為顔は見えないものの、涙もろい彼女は涙を流しているのだろう。
「私、チナツに出会えて本当に良かった。ずっと同じクラスにもなれて…。毎日が楽しかったよ!」
「…私も、同じだよ。」
そう、楽しかった。毎日がキラキラしていて、心躍っていた。
だから悲しい。
もう二度と、あの毎日は戻ってこないから。
あの手紙の有効期限は、きっと今日までだから。
───
──
─
あれは高校を卒業するまで後二ヶ月、ちょうどそのくらいの頃。
朝、学校に着くと私の下駄箱に手紙が入っていた。いや手紙、という表現もおかしいだろうか。
3センチ位の小さな紙切れ。
何だろうとその紙切れを手に取ったのが始まりだった。それには数字と平仮名一文字が書かれていた。
【 1 せ 】
「1、せ? …変なの。」
最初は誰かのイタズラだと思っていた。もしくは本来違う人に宛てたものが間違って私の所に届いちゃったのかな、とか。
でも翌日。
「今日も入ってる…。あれ?」
しかし内容は昨日と少し違っていた。
【 5 ご 】
「5は"ご"だよね。」
そのまた翌日。
【11 お】
「………。」
三日連続で同じ事が続くなんて。一体誰が何の為にしているんだろう。
(ん…何かいい匂いがする。シトラス系かな?)
紙からふんわりと漂う香り。制汗剤でよくある香り。
私は手にした紙切れをジッと見つめる。
「…綺麗な字。凛としてる。」
私は書かれた平仮名をなぞりながら呟いた。
コレは何か意味するものがあるのだろうか。…それともイタズラなのだろうか。一つの数字と一つの言葉は何を意味しているのか、その時の私には分からなかった。
【 21 ず 】 【 28 す 】
【 2 ん 】 【 4 い 】
【 8 ぎ 】 【 12 め 】 …
卒業式前までそれは続き、私の日常となっていた。しかし何故だろう。不思議と嫌なものではなかった。それもあって犯人探しをする気も起こらず、そのままにしていた。
今日も置いてあるのかな。なんて。いつの間にか、私にとって知らない誰かからのメッセージはそんなワクワクをくれていたから。
日を重ねるに連れて増えていく紙切れは、ただの紙切れとは思えず大事に制服のポケットにしまっていた。
そして卒業式の前日。
この日だけいつもと違っていた。下駄箱に入っていたのは普通サイズの紙。
(何か書いてある…?)
まじまじと紙を見ると、薄く数字が書かれていた。コレをみて私はピンとくるものがあった。
(もしかして…、)
私は今までの手紙を取り出して、番号順に並べる。どうして気が付かなかったのか。
出来上がった文字をみて、私は目を開いた。
【 せんぱい ごそつぎょう おめでとうございます
ずっとまえから すきでした 】
「先輩ご卒業おめでとうございます。ずっと前から好きでした…?!」
(どういうこと? 何で、どうして。)
(一体誰が。こんな遠まわしな方法で。)
くるくると回り続ける思考回路は答えを見つけ出せずにいた。私は一つ一つの平仮名を紡いでできた言葉を繰り返す。
名前も顔も知らない誰かからの好意。普通は気持ち悪がるかもしれない。だが、私は違った感情を抱いた。
…こんなことをする子なのだ。
よっぽど私が好きだったんだろうな。なんて、他人事のように思ってしまったくらい、この誰かの気持ちを感じとった。
心がじんわり温かくなる。色で言えば黄色やオレンジといった色。
「ふふっ…ありがとう。知らない誰かさん。」
自然とそんな言葉を口にしていた。
その日の夜。
私は自分の部屋で今日受け取った手紙を広げた。そして今まで受け取ってきた紙切れ一つ一つを糊でくっつける。
「よし! できたっ。」
バラバラだった文字は一つの文章に。バラバラだった紙切れは一つの手紙に形を変えた。
私はベッドに横になり、手紙を見つめる。
…誰かさんを探しだして返事をするべきなのだろうか。
私が"先輩"ならばこの誰かさんは一年生か二年生。明日の卒業式は全ての学年が参加するから…。探すならまだ間に合うはずだ。
私はゆっくり目を閉じ眠りについた。
───
──
─
卒業式の今日、下駄箱には何も入っていなかった。
(あの手紙の有効期限は、きっと今日までだから。)
ソッとポケットに入っている手紙に触れる。
探すなら今日しかない。でも…
1日考えてみて、この子はそんなこと望んでないんだろうなって何となく思った。
「…ナツ…チナツ!」
隣でカナコが私に問い掛ける。
「えっ、ごめん。何?」
「んもう、一人黄昏ちゃって。見て! 下級生達が作ってくれたアーケードっ。一緒にくぐろう!」
カナコは廊下を指差して目をキラキラさせている。彼女の指差す方を見れば、バラでできた可愛いアーケード。
「ほらっ行こう」と腕を掴まれ私達は教室を出た瞬間、
ふわり。
「えっ…。」
私は振り返って辺りを見回す。
「今の、匂いって…。」
「ん、どーしたチナツ?」
「…何でもない。行こう!」
雨でじめじめしている中、一瞬だけあのシトラスの香りが漂った気がした。
───
──
─
「知らない誰かさん…あなたは一体、誰だったのかな。」
私はゆっくり目をあける。
ポツリと呟いた言葉は誰もいない大学の教室に響き渡った。
ただ、キラキラしていた毎日。
もうあの頃には戻れない。
ポツンと一人取り残された私は、あの手紙を取り出しペンを走らせる。
誰かが思いを馳せた一つ一つの紙切れだったもの。今は繋ぎ合わせて一つの手紙になったもの。
私はスン、と匂いを嗅いだ。
「あの時の香りは、もう消えちゃったかぁ。」
ヴヴ、とスマホが鳴る。LIMEを見ればカナコからだった。
【 チナツ~! 久々に会えるの、楽しみにしているからっ。沢山語ろうね。 カナコ 】
(私も。話したいことがあるの、と…。)
ピッと返信し、スマホを置いた。そして私は返事を書いた"それ"をもう一度見た後、丁寧に紙飛行機を折る。
閉ざされた教室。音のない教室。私しか知らない、秘密の出来事。
窓から光が差し込み、眩しさで目を細める。私は立ち上がりカラカラと窓を開けた。いつの間にか雨はやんで、空には虹がかかっていた。水捌けの良いグラウンドはあの頃のようにキラキラと輝いている。先ほどの同期は笑ながらで仲良く帰っていた。
「サヨナラ、恋わずらい。」
私はスッと紙飛行機を飛ばした。
ずっとずっと、飛んでゆけ。
あの"誰か"の元まで飛んでゆけ。
紙飛行機は風に乗り、七色に輝く虹に向かって真っ直ぐ飛んでいた。
・紙飛行機 END
ラジオから流れる声。
"雨"。
窓を見ると、サァーーーと雨が降っている。スマホのラジオ設定をOFFにして、私はイヤホンを外した。
「うわー、結構降ってんなぁ。」
「今日傘持ってきてねーのに。」
大学で同期が騒いでいる。雨に対してのブーイング。
「今日、高校の卒業式だってよ。」
「まじか。雨とかツいてねぇな。」
「去年の俺らの卒業式も雨だったよな。」
「そーいや、そうだったなぁ。懐かし。」
…"高校"。"卒業式"。
「オレ、ちょっと様子見てから家帰ろうかな。」
「あ~オレはサークルに顔出してから帰ろうかなぁ。」
溜め息混じりの笑い声。そんな中、私は目を閉じて雨の音を聴いていた。
(…そっか。今日で一年経つのか。)
あの日もこんな雨だった。
───
──
─
一年前。高校の卒業式。
「とうとう卒業だよぉ、チナツ~。」
「カナコ。三年間あっという間だったね。」
「はぁあ~。せっかくの卒業式なのに雨かぁ。おかげで桜も散っちゃって。ムードないよね~。」
「はは、確かに。」
開けっ放しにしていた窓から雨が入ってくる。卒業式には似合わない、土砂降りの雨。
卒業式は、あっという間に終わった。
教室の中は笑い合っている子や泣いている子、写真を撮っている子、親と一緒にいる子、先生に感謝の言葉を述べている子、様々だ。そんな景色を私はただただ眺めていた。
「…三年間、あっという間だったね。」
カナコは上擦る声で私に言った。隣にいる為顔は見えないものの、涙もろい彼女は涙を流しているのだろう。
「私、チナツに出会えて本当に良かった。ずっと同じクラスにもなれて…。毎日が楽しかったよ!」
「…私も、同じだよ。」
そう、楽しかった。毎日がキラキラしていて、心躍っていた。
だから悲しい。
もう二度と、あの毎日は戻ってこないから。
あの手紙の有効期限は、きっと今日までだから。
───
──
─
あれは高校を卒業するまで後二ヶ月、ちょうどそのくらいの頃。
朝、学校に着くと私の下駄箱に手紙が入っていた。いや手紙、という表現もおかしいだろうか。
3センチ位の小さな紙切れ。
何だろうとその紙切れを手に取ったのが始まりだった。それには数字と平仮名一文字が書かれていた。
【 1 せ 】
「1、せ? …変なの。」
最初は誰かのイタズラだと思っていた。もしくは本来違う人に宛てたものが間違って私の所に届いちゃったのかな、とか。
でも翌日。
「今日も入ってる…。あれ?」
しかし内容は昨日と少し違っていた。
【 5 ご 】
「5は"ご"だよね。」
そのまた翌日。
【11 お】
「………。」
三日連続で同じ事が続くなんて。一体誰が何の為にしているんだろう。
(ん…何かいい匂いがする。シトラス系かな?)
紙からふんわりと漂う香り。制汗剤でよくある香り。
私は手にした紙切れをジッと見つめる。
「…綺麗な字。凛としてる。」
私は書かれた平仮名をなぞりながら呟いた。
コレは何か意味するものがあるのだろうか。…それともイタズラなのだろうか。一つの数字と一つの言葉は何を意味しているのか、その時の私には分からなかった。
【 21 ず 】 【 28 す 】
【 2 ん 】 【 4 い 】
【 8 ぎ 】 【 12 め 】 …
卒業式前までそれは続き、私の日常となっていた。しかし何故だろう。不思議と嫌なものではなかった。それもあって犯人探しをする気も起こらず、そのままにしていた。
今日も置いてあるのかな。なんて。いつの間にか、私にとって知らない誰かからのメッセージはそんなワクワクをくれていたから。
日を重ねるに連れて増えていく紙切れは、ただの紙切れとは思えず大事に制服のポケットにしまっていた。
そして卒業式の前日。
この日だけいつもと違っていた。下駄箱に入っていたのは普通サイズの紙。
(何か書いてある…?)
まじまじと紙を見ると、薄く数字が書かれていた。コレをみて私はピンとくるものがあった。
(もしかして…、)
私は今までの手紙を取り出して、番号順に並べる。どうして気が付かなかったのか。
出来上がった文字をみて、私は目を開いた。
【 せんぱい ごそつぎょう おめでとうございます
ずっとまえから すきでした 】
「先輩ご卒業おめでとうございます。ずっと前から好きでした…?!」
(どういうこと? 何で、どうして。)
(一体誰が。こんな遠まわしな方法で。)
くるくると回り続ける思考回路は答えを見つけ出せずにいた。私は一つ一つの平仮名を紡いでできた言葉を繰り返す。
名前も顔も知らない誰かからの好意。普通は気持ち悪がるかもしれない。だが、私は違った感情を抱いた。
…こんなことをする子なのだ。
よっぽど私が好きだったんだろうな。なんて、他人事のように思ってしまったくらい、この誰かの気持ちを感じとった。
心がじんわり温かくなる。色で言えば黄色やオレンジといった色。
「ふふっ…ありがとう。知らない誰かさん。」
自然とそんな言葉を口にしていた。
その日の夜。
私は自分の部屋で今日受け取った手紙を広げた。そして今まで受け取ってきた紙切れ一つ一つを糊でくっつける。
「よし! できたっ。」
バラバラだった文字は一つの文章に。バラバラだった紙切れは一つの手紙に形を変えた。
私はベッドに横になり、手紙を見つめる。
…誰かさんを探しだして返事をするべきなのだろうか。
私が"先輩"ならばこの誰かさんは一年生か二年生。明日の卒業式は全ての学年が参加するから…。探すならまだ間に合うはずだ。
私はゆっくり目を閉じ眠りについた。
───
──
─
卒業式の今日、下駄箱には何も入っていなかった。
(あの手紙の有効期限は、きっと今日までだから。)
ソッとポケットに入っている手紙に触れる。
探すなら今日しかない。でも…
1日考えてみて、この子はそんなこと望んでないんだろうなって何となく思った。
「…ナツ…チナツ!」
隣でカナコが私に問い掛ける。
「えっ、ごめん。何?」
「んもう、一人黄昏ちゃって。見て! 下級生達が作ってくれたアーケードっ。一緒にくぐろう!」
カナコは廊下を指差して目をキラキラさせている。彼女の指差す方を見れば、バラでできた可愛いアーケード。
「ほらっ行こう」と腕を掴まれ私達は教室を出た瞬間、
ふわり。
「えっ…。」
私は振り返って辺りを見回す。
「今の、匂いって…。」
「ん、どーしたチナツ?」
「…何でもない。行こう!」
雨でじめじめしている中、一瞬だけあのシトラスの香りが漂った気がした。
───
──
─
「知らない誰かさん…あなたは一体、誰だったのかな。」
私はゆっくり目をあける。
ポツリと呟いた言葉は誰もいない大学の教室に響き渡った。
ただ、キラキラしていた毎日。
もうあの頃には戻れない。
ポツンと一人取り残された私は、あの手紙を取り出しペンを走らせる。
誰かが思いを馳せた一つ一つの紙切れだったもの。今は繋ぎ合わせて一つの手紙になったもの。
私はスン、と匂いを嗅いだ。
「あの時の香りは、もう消えちゃったかぁ。」
ヴヴ、とスマホが鳴る。LIMEを見ればカナコからだった。
【 チナツ~! 久々に会えるの、楽しみにしているからっ。沢山語ろうね。 カナコ 】
(私も。話したいことがあるの、と…。)
ピッと返信し、スマホを置いた。そして私は返事を書いた"それ"をもう一度見た後、丁寧に紙飛行機を折る。
閉ざされた教室。音のない教室。私しか知らない、秘密の出来事。
窓から光が差し込み、眩しさで目を細める。私は立ち上がりカラカラと窓を開けた。いつの間にか雨はやんで、空には虹がかかっていた。水捌けの良いグラウンドはあの頃のようにキラキラと輝いている。先ほどの同期は笑ながらで仲良く帰っていた。
「サヨナラ、恋わずらい。」
私はスッと紙飛行機を飛ばした。
ずっとずっと、飛んでゆけ。
あの"誰か"の元まで飛んでゆけ。
紙飛行機は風に乗り、七色に輝く虹に向かって真っ直ぐ飛んでいた。
・紙飛行機 END