夢恋
 そう思って九条君を見ると、九条君は机にバンッと手をついて立ち上がった。

「お前たち、うるさい。黙れ」

 さっきとは打って変わったドスの利いた声に私まで震え上がってしまう。
 みんな、一気に静まりかえった。
 嘘でしょ。
 なんで静かになってるのよ。
 お前らさっきまでうるさかっただろ。
 何か仕組んでないよね……?

「静かにしろよ。わかったな」

 みんな、小さく首を縦に振る。
 すると九条君は、椅子に座って私を見る。

「約束、守れよ?」

 私は、口をあんぐりと開けてしまう。
 ななななななな、どどど……どうしよう……!?
 大っ嫌いな奴と一緒に帰るなんて……なんの罰ゲームよ!!

「一人でどうぞ」
「まだ言うか。約束破るんだったら、もう一回騒がしくなるけど、いい?」

 うっ……。
 それは嫌だけど……でも、こいつと帰るのは、もっと嫌。
 今は6時間目。
 何とかして逃げられないかな……。
 そう考えていると、いいことを思いついた。

「私、今日部活あるから、無理」
「待ってるよ。何時に終わるの?ってか、神村さんって何部?」
「……吹奏楽部」
「何してんの?ドラム?ラッパ?」

 ラッパって、トランペットのことだよね?

「フルート」

 そう答えると、九条君がクスッと笑う。

「横笛かぁ」
「横笛って言わないで。フルート」
「一緒じゃね?」
「うるさい」

 そう言って、前を向く。
 何とかしないと……。
 放課後なんて、来なかったらいいのに。
 そう思ったのは、今回が初めてだ。いつもなら、すぐに帰りたいとか思う。
 でも、来て欲しくない時間ほど、すぐに来る。
キーンコーンカーンコーン。
 チャイムの音がして、授業が終わる。

「起立。礼」
『ありがとうございました』

 教科の先生が出て行くと、教室が一気に騒がしくなる。
 帰る用意しろよ……
 そう思いながら、机の中に入っている教科書をカバンに入れる。

「なぁ」

 教科書を入れ終わった途端、九条君に声をかけられる。

「それで、何時に部活終わるの?」
「5時半」
「オッケー。じゃあ、その時間になったら、音楽室行くよ」
「え……」
「そうでもしないと、逃げるだろ?」

 ば、ばれてた……。
 私は、思わず苦笑いをこぼす。

「ようやく笑った」
「は……?」
「ずっとムスッとしてたからさ。苦笑いだったけど、笑ってくれてよかった」

 そう言ってフッと笑う九条君に、思わずドキッとしてしまう。
 でも、すぐに気持ちは落ち着いていった。
 まあ、こいつに恋するとか……ないわ。
 中学3年生。中学校生活最後の1年……
 とんでもないことになりそう。
 私は、部活をしている間も、ずっと、どうやって九条君から逃げるか考えていた。

「……音羽(おとは)先輩?」

 ぼーっとしていると、目の前には後輩の顔があった。

「えっ……!!うわぁっ!!」

 びっくりして、尻餅をついてしまう。

「だだ、大丈夫ですか?」
「う、うん。ごめんね。びっくりして……」
「音羽先輩がぼーっとするなんて、珍しいですね」

 私は、立ち上がって、机の上に置いてあったフルートを手に取る。
 そして、時間を確認する。

「……5時25分。じゃあ、パート練習終わって音楽室戻ろう」
「「「はーい」」」

 今、音楽室に行ったら、いるのかな?九条君。
 戻りたくない。
 まず、九条兄弟はモテる。
 つまり、目立つ。
 私は目立つのが嫌い。女好きな男子も嫌い。
 男なのに、女にヘラヘラしてんじゃねーよって思うから。
 男は、好きな女の子のことを一途に思うべきだと思う。
 まぁ、女の子もそう出ないとダメだと思うけど。
 ってか、それ以前に、私は恋を絶対にしないけどね。
 恋が嫌いだから。
 異性が近くにいるとドキドキしたり、毎朝たまたま見かける人が気になったり、何でそんな事でいちいち気にしてるんだよってツッコミを入れたくなる。
 ドキドキってただの動悸でしょ。病院行ったらいいと思う。
 そんなことを考えていると、激しいドラムの音が聞こえた。
 上手い。
 素直にそう思った。
 私と同じ学年でパーカッションを担当しているのは、聖奈(せな)と南海(なみ)っていう女の子。
 どっちかが叩いてるのかな……?今まで聴いたことないくらい上手い……!
 音楽室の前に立って、思わず聴き惚れてしまう。

「音羽先輩!見てください。あの人ですよ!叩いてるの」

 後輩が、扉を開けて中を見ている。
 私は、そっと中を覗く。
 そしてドラムが置いてある方を見ると、そこにいたのは、九条 奏多だった。
< 2 / 11 >

この作品をシェア

pagetop