夢恋
 うげっ!
 思わずそう叫びそうになる。
 何であいつがドラム叩いてるの……!?

「かっこいいですね〜!あの人」

 後輩が、瞳をキラキラさせながら言う。
 ははは。顔はね。
 そう言ってやりたくなったが、ぐっとこらえる。
 気づけば、吹奏楽部員全員がそのドラムに聴き惚れていた。
 凄い。
 ドラムの音がピタッと止むと、みんなが一斉に拍手する。
 私は、呆然としたままフルートを握る。
 九条君は、みんなにニコッと笑いかけた後、近くにいた聖奈ちゃんにスティックを返した。

「あっ!神村さん」

 九条君が私に気づいて近寄ってくる。
 みんなの視線は、一気に私に注がれる。
 今以上に、九条君に殺意を覚えたことはないと思う。

「お疲れ。帰ろっか」
「……一人でどうぞ」
「約束したでしょ?ほら、フルート片付けて」
「何か、急に熱っぽくなってきたから、無理」
「だったら尚更、送るよ」
「いや。うつすと悪いので」
「神村さんが俺を思ってそんなこと言ってくれるなんて、嬉しい。俺も神村さんのこと好きだよ。ね、一緒に帰ろう」

 周りが「キャ〜ッ」と黄色い悲鳴をあげる。
 好きなんて言ってないでしょ!

「それにさ……」

 九条君が私の耳元に唇を近づける。
 ゾクッ。
 キモい!!

「約束破られたら俺、何するかわかんないよ?」

 ゾクッ。ゾクッ。
 これ、脅してるんだよね?声がワントーン低かったし。

「わ、わかったから……離れてください」

 そう言うと、九条君はニコッと笑って、床に置いていたカバンを持つ。

「門前で待ってるね」

 私は、頬を引きつらせる。
 九条君は、私の隣にいた後輩にニコッと微笑むと、音楽室から出て行った。
 逃げたほうが、面倒くさいことになりそう……
 そう思いながら、楽器ケースにフルートを片付ける。
 みんな、私が不機嫌なのを察知して、九条君とのことは、何も聞いてこない。
 多分、明日あたり、質問攻めされると思う。
 フルートケースとカバンを持っての前までいく。

「さようなら」
『さようなら』

 吹奏楽部は、来た時には「こんにちは」帰る時には「さようなら」を言う決まりがある。
 顧問の先生曰く、挨拶はフォルテッシモらしい。フォルテッシモっていうのは音楽記号。イタリア語で、非常に強くって意味。
 ちゃんと挨拶をする人もいれば、しない人もいる。
 今は、そんな事気にしてる場合じゃないんだけどね。
 校門まで、なるべくゆっくり歩く。
 帰っててくれるといいんだけど。
 でも、私のそんな願いもむなしく、門前に行くと、九条君が立っていた。

「神村さん。遅かったから、裏門から帰ったのかと思った。違うか、裏門から逃げるのほうが正しいね」

 にこやかに言う九条君に怒りが湧いてくる。

「帰ろう」
「……どうして、私と帰りたいの?」

 歩き出そうとしていた九条君の足が止まる。

「どうしてって?」
「女の子なら他にたくさんいるでしょう?」
「……ヤキモチ?」
「ふざけないで!」

 そう言った瞬間、九条君が私の腕を掴んだ。
 急なことに驚いてしまう。

「ふざけてないよ」
「わざわざ私に構わないで!!九条君のこと、苦手なの。それくらいわかるでしょ?」
「……神村さんって、性格悪いよね」
「…………え?」

 九条君は、私の腕から手を離して、ポケットに両手を入れる。
 っていうか、どうしてこいつに性格悪いって言われないといけないの?
 性格悪いのは、九条君の方でしょ?

「だってさぁ……俺のこと嫌いなのに、わざわざ“苦手”って言ったりさぁ……」

 気のせいか、九条君の目は私を睨んでいた。

「嫌い……何でしょ?自分が悪い人になりたくないから、苦手って言い方したんでしょ?」

 その言葉に、思わず反応してしまう。
 図星………なのかもしれない。
 でも、こいつに言われる筋合いは、ない。

「………で?それの何が悪いの?誰だって、いい子ちゃんに見られたいでしょ?」

 そう言うと、九条君が大きな目を何度も瞬かせる。
 何ていうか、ポカンとしてる。

「俺、別に見られたくない」

 嘘でしょ?
 普通、好きな子に優しいと思われたいとかあるでしょ?
 先生にも、いい子に見られた方が、いろいろ楽だし。

「俺の良さは、俺のことをよく知ってる人だけが知ってる。それでいいじゃん。俺は、神村さんのいいところ、知ってるから好きだよ?神村さんのこと」
「—————っ………」

 この人、ひたすらまっすぐなだけなんだ。
 女の子が好きなのも、自分のことを好いてくれているから。九条君が、女の子たちのいいところも知ってるからなんだ。
 ………でも。

「………無理です」
「………へ?」
「私、あなたみたいに考えられないので。っていうか、さっき私のこと、性格悪いって言ったでしょ?だったら、仲良くならない方がいいんじゃない?」
「………………」

 九条君は、黙ったまま私を見つめる。
 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ……!
 そう思って睨みつけると、九条君はニコッと笑った。

「性格悪いとは言ったけど、嫌いとは言ってないから」
「えっ」

 驚く私をよそに、九条君は話すのをやめない。

「むしろ、好きだよ。神村さんのこと」

 いつもとは違う九条君の表情に、胸が少し高鳴った。
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