不埒な先生のいびつな溺愛
いつもなら久遠の言いたいことを汲み取ることのできた美和子だが、志望校に落ちたばかりの彼女にそんな余裕はなく、言葉どおりの嫌味にしか受け取れなかった。

そもそも、久遠が美和子に恋愛感情を持っていることなど彼女は頭の片隅にもなかったため、彼の投げやりな物言いに失望こそすれ、希望を持つことなどできなかったのだ。

美和子にとっては、まるで、二人で積み重ねてきたこの一年は無駄だった、そう言われたようにさえ感じた。

「……秋原」

「ごめん、何でもない。結果はどうあれ、もうふたりとも、受験はおしまいだね。もう本も読めるし、大学生活の準備もあるし。……でもさ、また機会があれば、卒業しても会えたらいいね」

このときの二人のやりとりは、この後の十二年間について完全に食い違っていくものとなる。

久遠に抱いていた想いを冷たい言葉で断ち切られたと思った美和子にとっては、“機会があれば”なんて言葉はカモフラージュであり、卒業しても会いたいというせめてもの想いを、遠慮がちに告げたつもりだった。

一方で、美和子とはこれからも今までと同じように一緒にいたいと思っていた久遠にとっては、彼女の“機会があれば”という言葉は、別れの宣言にしか聞こえなかったのだ。

相手を特別だと思っていたのは自分だけ、お互いにそう思った。

ふたりは連絡先を交換していなかった。連絡などせずとも毎日会えたからだ。

しかし当然、このまま卒業式を迎えてしまったふたりには、連絡をとる手段は尽きてしまった。

しかし連絡をとることは不可能ではなかったはずだ。お互いの住所は知っていたし、連絡先など少し調べれば分かる。

それでもふたりは、相手から連絡が来ることを夢見てはどちらもそれをしなかったため、一向に連絡などとることはできなかった。
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