不埒な先生のいびつな溺愛
「ここじゃ久遠、キャーキャー言われてんじゃないの?その顔でバーテンって、最強すぎるだろ」

ストレスまみれの毎日に対して呑気な意見を言われ、久遠は「注文は?」と桜井を急かした。

「久遠のオススメちょーだい」

これも苦手だった。

対策として、オススメと言われたときのためのカクテルを久遠はいくつか決めており、ローテーションでそれを出すことにしている。

久遠からすれば、呑気な桜井のほうがよっぽど楽しそうに見えた。
高校時代の桜井を徐々に思い出してきて、この男は受験勉強をしなかった久遠に対してやたらと突っかかってきたひとりだということを思い出した。

それをこんな風に何もなかったようにサッパリと割りきって、ひとりで久遠を前に飲むのだから、久遠はこの男のことが羨ましくなった。

自分がこの男だったのなら、美和子のことをさっさと忘れ去れるのだろう、と。

「あ、そういやさ、久遠って、文進の秋原と付き合ってたろ?今でも続いてんのか?」

頭の中に浮かべた名前が桜井の口からも出てきた。久遠は動揺してグラスを落とした。

底の厚い部分がテーブルに当たり、割れることはなかったものの、ガツン、と重い音が鳴る。

「はっ?付き合ってねえよっ、最初から!」

遠くに座っている客が振り向く程度に、久遠の声は響いた。

久遠があまりに強く否定したものだから、桜井は目を丸くし、ひきつって笑いだした。
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