不埒な先生のいびつな溺愛

久遠の実家には父親と、たまに来る坂部というハウスキーパーしかいない。

高校時代、大学時代よりも、読書量が増えていった。

彼は時間とお金をもて余しており、余暇のすべてを読書に費やしていた。

本棚に囲まれた部屋を作り、久遠は相当の時間、そこに引きこもった。

『久遠くん』

久遠は本棚に並べてあった『黒の海岸線』を見つけたとき、久しぶりに美和子のことを思い出した。

本を手に取ると、早く感想聞かせてね、と嬉しそうに言った美和子の姿が甦ってくる。久遠は大量の本の背表紙を眺めて、今度は『屈折』を探した。

「美和子……」

長い年月の中で、久遠の彼女の呼び方は“秋原”から“美和子”に変わっていた。彼にとっては、今まで彼女とずっと二人きりのようなものだった。

『屈折』を探していたのは、その中にいる美和子のことを探していたからだ。
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