不埒な先生のいびつな溺愛
まずはエントランスで彼の部屋を呼び出した。
部屋番号を入力し、続いて呼び出しボタンを押すと、ピンポン、と音がした。
先生はそれに出てくれて、スピーカーからは雑音が聞こえてくる。
しかし「はい」とも「久遠です」とも言わず、本当に雑音だけだった。
私はというと、前髪で顔を隠すように下を向いていた。
カメラ越しに目を合わせたくない。
こちらからは彼が見えないのだから、私だけ手の内を明かすようで嫌だった。
「ご連絡していた担当の……」と途中までしか言っていないのに、エントランスの扉は開いた。
おそらくこの時点では、彼は私だと気づいていない。
エレベーターを上がって部屋のチャイムを鳴らすと、ドスドスという無粋な足音が奥から聞こえてきて、そしてドアが開いた。
真っ白なワイシャツをだらりと羽織るように着た“久遠くん”が、そこにはいた。
「……み、美和子……?」
頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。
それまで用意していた彼に対する想像はことごとく間違っていたのだ。
お洒落なスーツを着てスマートに迎えてくれはしなかった。
作家だから「許される」というラフな格好をした、別方向に成長していた“久遠くん”がそこにはいた。
タワーマンションに騙された。
それでも彼の顔も、体も、そしてそのセクシーな声も、高校時代の面影があり、あの頃の彼が成長して今の姿になった経過を、やっと飲み込めた。
しかし高校時代の“久遠くん”と全く違っていることがひとつあった。
“久遠くん”は今まで一度も、私を“美和子”などと呼んだことはなかったはずだったのだ。
私が返事をせずに、玄関に立ち尽くしてしまったのはそのせいだ。
ずっと“秋原”と呼ばれていたのに、なぜ再会して第一声が“美和子”なのだろう。