不埒な先生のいびつな溺愛
社会人五年目となったとき、転機が訪れる。
久遠は父親に「一生食っていける職に就け」という忠告を受けた。久遠は父親とは仲が良くも悪くもなかったが、父の言うことには意味があるということを承知していた。
今の職では一生食ってはいけない、という判断は、久遠が精神的に限界が来ているということを見抜いてのことだった。
もうひとつの理由として、久遠の父親はこのときガンを宣告されていた。
そのことを久遠に対しては話さなかったが、この数ヵ月後に放射線治療を始めた時点で、息子に打ち明けている。
久遠はこのとき人生で一番、自分の将来について真剣に考えた。
しかしどの職業も向いていない。
自分が興味があるものはこの本棚に囲まれた部屋で空想に耽ることと、その中にいる美和子を探すことだけだった。
久遠は、自分がここまでこの部屋に捕らわれているのは『本』だけが自分と美和子を繋いでいるからだということに気づいた。
この一年後。
美和子と出会ってから約十二年の月日が流れたのち、久遠は新人賞を受賞したのである。