不埒な先生のいびつな溺愛
玄関での十二年ぶりの再会は、お互いの衝撃で数秒無言となっていた。
私はあの頃よりは髪が伸びているし、色も茶色に染めていおり、少し大人っぽくなった。
彼の目線を追っていくと、そんな私の頭のてっぺんから足下まで、黙って、まじまじと見ていた。
恥ずかしい。先生の目線は、私を射るように鋭い。
「……あの、今日から先生の担当をさせていただくことになりました秋原です。よろしくお願いします」
話し出す様子がないからこちらからテンプレートの挨拶を切り出した。
「……は?」
先生は分かりやすく戸惑いを見せた。きっと私が敬語を使ったことと、“久遠先生”と呼んだことに対してだろう。
「美和子、だよな?」
もう一度呼ばれた。やっぱり、“美和子”だ。聞き間違いでも、彼の言い間違いでもない。
先生は伸びた髪をかきあげた。
昔の彼も、動揺するとこの仕草をよくしていたことを思い出した。
「は、はい。秋原美和子ですけど」
「……まじで美和子?」
「そうですよ。久しぶりですね久遠先生。卒業以来。お元気そうで何よりです」
なぜかその一言が逆鱗に触れたらしい。先生の戸惑いは、徐々に苛立ちに変わっていった。
「なんだよその話し方」
一気に彼の声色が変わり、私はビクリと体を震わせた。
「すみません。一応先生の担当編集なので、敬語でお話します」
「……やめろ。美和子じゃないみてえだ」
それはこちらのセリフだった。
さっきから、“美和子” “美和子”と。昔と違う呼び方で呼ばれ、こちらだって戸惑っている。
ついでにその止めどない色気と、昔よりも雑になった話し方、さらに伸びた背丈、その全てが、あの頃の“久遠くん”とは違っている。