不埒な先生のいびつな溺愛

玄関での十二年ぶりの再会は、お互いの衝撃で数秒無言となっていた。

私はあの頃よりは髪が伸びているし、色も茶色に染めていおり、少し大人っぽくなった。

彼の目線を追っていくと、そんな私の頭のてっぺんから足下まで、黙って、まじまじと見ていた。

恥ずかしい。先生の目線は、私を射るように鋭い。

「……あの、今日から先生の担当をさせていただくことになりました秋原です。よろしくお願いします」

話し出す様子がないからこちらからテンプレートの挨拶を切り出した。

「……は?」

先生は分かりやすく戸惑いを見せた。きっと私が敬語を使ったことと、“久遠先生”と呼んだことに対してだろう。

「美和子、だよな?」

もう一度呼ばれた。やっぱり、“美和子”だ。聞き間違いでも、彼の言い間違いでもない。

先生は伸びた髪をかきあげた。

昔の彼も、動揺するとこの仕草をよくしていたことを思い出した。

「は、はい。秋原美和子ですけど」

「……まじで美和子?」

「そうですよ。久しぶりですね久遠先生。卒業以来。お元気そうで何よりです」

なぜかその一言が逆鱗に触れたらしい。先生の戸惑いは、徐々に苛立ちに変わっていった。

「なんだよその話し方」

一気に彼の声色が変わり、私はビクリと体を震わせた。

「すみません。一応先生の担当編集なので、敬語でお話します」

「……やめろ。美和子じゃないみてえだ」

それはこちらのセリフだった。

さっきから、“美和子” “美和子”と。昔と違う呼び方で呼ばれ、こちらだって戸惑っている。

ついでにその止めどない色気と、昔よりも雑になった話し方、さらに伸びた背丈、その全てが、あの頃の“久遠くん”とは違っている。
< 13 / 139 >

この作品をシェア

pagetop