不埒な先生のいびつな溺愛
「あ、お寺ってあそこ?」
久遠くんの話を遮って、見えてきたお寺を指差した。
住職さんにはご挨拶せずに、お墓参りだけするという。それでいいのかと躊躇したが、私は今日は、久遠くんのお父さんに会いにきたのだから、それでいいと思い直した。
お寺の横は、広くはないが墓地になっていた。よく手入れされた墓石が並んでいて、その中でも大きな墓石に、久遠家の名前が刻まれていた。
「こんにちは。初めまして」
なんの迷いもなく墓石に向かってそう話しかけると、久遠くんは変な目で見てきた。
「おい。親父は死んでんだぞ」
分かりきったことだけど、久遠くんがお父さんのことをそんな風に言えるようになるには、時間が必要だったはずだ。
墓石の頭からお水をかけて、買ってきたお花の茎を折って両側に生けた。お線香をつけると、懐かしい香りがあたりに漂って、辺りは静かになった。
私たちは手を合わせた。久遠くんは立ったままで、私は墓前にしゃがんでいた。
久遠くんがすぐに顔を上げたのが音で分かったけれど、私はしばらくそのまま目を閉じていた。
「………なあ。なんで今日、ここに来たがったんだ。美和子」
お墓参りに行くという久遠くんに無理矢理ついていくとせがんだのは私だった。
どうしても、久遠くんのお父さんに伝えたいことがあったからだ。