不埒な先生のいびつな溺愛
私の手には、先生に渡すための資料として、ヨーロッパの風景の画集が三冊も入った重たい紙袋がさがっていた。
先生は私の手から、それをするりと奪いとる。
すると私の荷物は、A四用紙が入るいつもの黒いバックの他に、小さな白い箱を持っているだけとなった。
「それ、ケーキか?」
先生は私の持っている白い箱を見て、少しだけ目の奥を輝かせた。
「そうですよ。頑張って書いてらっしゃるようなので、ご褒美のお土産です。これも置いておきますね。キッチンでいいですか?」
「いや、今食べる。アリガト」
先生はお礼を滅多に言わないが、モンブランを買ってきたときだけは、片言のお礼を言ってくれた。
先生が「ありがとう」を上手く言えないのは昔からだ。
キッチンを借りて小皿とスプーンを出した。先生はモンブランはスプーンで食べる。これも昔からだ。
そのキッチンで、妙なものを発見した。
埃だらけの冷蔵庫の上に、に小さな箱が置いてあったのだ。
長身の先生にとってはその高さも物を置く範囲内になるのかもしれない。
私は背伸びをして、恐る恐る、得体の知れないそれへと手を伸ばして、取った。
「……先生、これ」
手に取ってまじまじと見てみると、それは異臭を放っていた。
駅前のものとは違うけれど、これもケーキの箱だった。しかも重みがある。中にまだ入っているのだ。
開ける前に、先生に尋ねた。
「もしかして、これもケーキ、ですか?」
「……ああ、そうだ。忘れてた」
薄いピンクの箱で、取っ手にはメッセージカードがついている。
カードには『Thank-you』という乙女ちっくなプリントがされていた。
女の人からだと箱を見ただけでわかる。
箱の隙間からほんの少しだけ開いて中を覗いてみると、溶けたような乾いたような、死にかけのショートケーキがふたつ入っていた。
上に乗ったイチゴは黒く変色している。
すぐに箱を閉めた。