不埒な先生のいびつな溺愛
先生は私から原稿を奪い取り、途中のページを開いた。それは雅彦が詩織と離ればなれの間、彼女を思い出して嘆くシーンだった。

「『雅彦』にとって『詩織』は全てだ。それが手元から離れて戻らないと思ってから、また出会うまでの期間。それは雅彦にとって地獄だった。その地獄がどんなものか読み手に見せつけてやる。詩織だけが知らない地獄を読者には共有させるんだ」

「そんな意図があったんですね。でも、そしたら詩織だけが悪者になりますね。彼女だけが何も知らないんですから」

先生の発想が面白くて、私は自然と笑顔になって、その先生の構想を掘り返していた。しかし、引き替えて、先生の眉間の皺は深くなっていく。

「……へえ、良く分かったな。詩織が悪者だ」

“詩織が悪者”
自分で言い出したことだが、先生にそうやって肯定されると、否定したくなった。

先生は登場人物の詩織が嫌いなのだろうか。いやそうではない、よっぽど好きなのだ。
作中では、詩織は神格化されていると言っても過言ではないくらい、雅彦にとって大切な存在として書かれている。

たまにそれが、雅彦にとって、というより、書き手である先生にとってもそうなのではないかと思うことがあった。
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