不埒な先生のいびつな溺愛
「それじゃあ、モンブラン食べて、執筆頑張ってくださいね」
持ってきた荷物を集め始めると、先生はソファーから少し体を浮かせて、私を引き留めた。
「なんだよ、帰んなって言ってんだろ美和子」
スーツの腕を一本、するりと彼に掴まれると、力を入れられ、ソファーに引き戻された。
そのあとすぐに手は離されたが、掴まれたスーツの腕にはくしゃりと皺が残る。
横暴な態度、睨むような目付き。
執筆中に訪ねてしまうとすこぶる機嫌の悪くなる難しい性格、そんな先生は社内の編集者たちの間でも有名になっていた。
ほとんどの女性編集者は最初は彼の外見を見て歓喜するのだが、すぐに手に負えずに根をあげる。
先生は本当に、作家以外の仕事には適性がないと思う。
作家になる前は塾講師として働いていたようだが、そこでどんな仕事ぶりだったかは想像できる。
先生はそのときのことをあまり話したがらないし。
しかし私には、彼のことは初めからただの駄々っ子にしか思えなかったし、そこには落胆も何もなかった。
そもそも、実は私は、久遠先生のことは昔からよく知っているのだった。
彼が高校生のとき、私たちがちょうど受験生だったころだ。
「ったく、美和子は昔から、俺を舐めすぎなんだよ」
『久遠タカユキ』とは本名『久遠隆之』で、私の高校時代の同級生である。
それも、私たちは、当時はかなり付き合いが濃い部類の友人だった。
卒業と同時に疎遠になっていたが、編集者になった私が作家になっていた“久遠くん”を担当するという、私たちは少々、奇跡的な再会を果たしているのだ。
「はいはい分かりました先生。当たり散らさないで下さいね」
「当たってねえよ」
「それで、まだ難航してるんですか?結婚相手探しは」
そして意外すぎるが、久遠先生は結婚したがっている。
私は断言できるが、先生は結婚にはまったく向いていない。
しかし彼は本気だった。
私と同級生だから、もちろん年は同じ三十歳。
まだまだ結婚を焦るような年ではないように思うのだが、彼には結婚しなければならない事情があった。