不埒な先生のいびつな溺愛
「仕方ねえだろ親父が今年中に相手見つけろってうるせえんだから。ったく、余命を盾にしやがって」
お父さんのことを話すとき、先生は少しだけ無理をしているように見えた。
「きっと先生のことが心配なんですよ」
先生の父親は余命一年と宣告されていて、今も入院中だ。
彼が生きている間、つまり今年中に結婚相手を見せてくれと駄々をこねているらしい。
お父さんもこんな先生のことが心配でたまらないのだろう。
先生も、決して自分では言わないけれど、お父さんの余命について気がかりで仕方ないはずだ。
誰かのお願いなんて聞いてあげた試しのない先生が、本気で結婚しようとしていることが、何よりの証拠である。
彼のお父さんのことは、昔一度だけ、見たことがあった。
高校時代の『久遠くん』の家に遊びに行ったとき、出掛けていくお父さんを見た。
きちんとした立派なお父さんだった。顔や雰囲気は、先生に似ていたように思う。
そのあとこっそりと、二人で久遠家に入ったことも覚えている。
ついでに言えば、彼の家は父子家庭だ。
「……美和子」
先生も同じことを思い出したのかもしれない。
昔話をするときの彼の表情は、少しだけ真剣で、寂しそうになる。
「はい?」
「その堅っ苦しい話し方、やっぱりやめる気ねぇのか。聞いててこっちはイライラするんだが」
「敬語のことですか?編集と作家なんですから、そこはご理解いただきたいですね」
「俺がいいって言ってんだろ」
「あのですね、私には久遠先生だけじゃなくて、他にも担当している作家さんたちがいらっしゃるんです。先生とだけ距離感を詰めて接するわけにはいけませんよ」
先生はスプーンを咥えたまま、そっぽを向いてしまった。
もうこの話は1百回くらいしているのに、先生は飽きずに指摘することをやめない。