不埒な先生のいびつな溺愛
伏見さんはうんうんと頷いて、その言葉の意味をしみじみと解釈したあと、私にニッコリと笑いかけた。

「秋原さんはその人が、好きなんですよね?」

「……いえ」

はっきりと否定をしたのは、伏見さんのためではない。私は本当に、先生のことが好きなわけではないからだ。

先生の言葉ひとつでこんなにかき乱されてしまったとしても、それは先生を好きだからじゃない。恋愛感情じゃない。

「その人のことは、本当に全部、幻みたいで。どんなに近くにいても、私の中に実体がないというか、恋人になって恋愛を始めることなんて、全然考えられないんです」

そう、それがすべてだ。
私にとって、先生は幻だった。

伏見さんはまた、うんうんと頷いた。

「なるほど。分かりますよ。だからちゃんと生身の男だと思える人と恋愛をしようとして、俺を選んでくれたってわけなんですね」

“生身の男”
聞き覚えのあるフレーズが頭に残った。

その言葉に吸い寄せられるように顔を上げて、伏見さんと目が合うと、彼は少し厳しい笑顔をしていた。

「まあ、そのようなお話を聞いて、さすがに俺も今までどおりにお会いしようという気にはなれません」

「わ、わかってます、すみません、ベラベラと……」

「大丈夫ですよ。俺も木島さんに今日のことをベラベラ喋ってしまってますから。秋原さんが家に来るってこと。後日からかわれてしまうと思いますが、流しておいて下さい」

「ええ!?」

「俺も木島さんに対してメンツがありますからね。紹介していただいたので進捗を報告してました。……はは、生身の男なんてこんな生き物ですよ。メンツと損得ばかりの。俺は幻の男にはなれそうにありません」
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