不埒な先生のいびつな溺愛
その一瞬で私たちはお互いから離れた。

私は手を引っ込めたし、先生も私の指が触れようとしていた耳を抑えながら距離をとってしまった。

ハァ、ハァ、と息だけが上がってしまい、これまでにない甘ったるい空気は、一気に四方に散って昇華していった。

私はとりあえず電話を捕まえた。

──ピリリリ ピリリリ ピッ

「編集長」

『あ、秋原さん?大丈夫?久遠先生ちゃんとしてた?』

木島編集長が心配して電話をくれた。
編集長が電話をくれなかったら、さっきはどうなっていたんだろう。荒くなった息を編集長に気づかれないよう、冷静になって呼吸を整えた。

「大丈夫です。私たちも、すぐそちらに向かいますので」

『待ってるよ〜』

プツンと通話が切られ、私は所在なく携帯を仕舞い、先生を見た。

先生は何とも言えない顔をしていた。赤面したまま、気まずそうに目を泳がせている。

「い、行きましょうか、先生」

「あ、ああ」

熱っぽい視線はもう絡むことはないまま、私たちは各々の荷物を集めた。

エントランスを出て、呼んでおいたタクシーに乗り込むと、まだ抑えきれない私たちの熱気のせいで、車内は曇っていった。
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