不埒な先生のいびつな溺愛
会場に到着すると、どこも見るかぎり人で溢れていた。
タクシーから降りたときからその光景を目にしていた先生は、すでにイライラした顔で私に「帰りてえ」とボヤいている。
私はさっそく来場している先生方にご挨拶するため、会場内を回り始めた。久遠先生には座っていて下さいと言ったのに、やはり所在がないようで私についてくる。
「おい、置いていくな美和子」
「置いていかないですけど、なら他の先生にちゃんと挨拶して下さいね」
久遠先生はいつも他の先生と話すとき、「はあ」と相槌を打つだけで愛想笑いひとつできない。
だから本当は私は先生を連れて歩きたくないのだが、こうなっては忠犬のように離れようとしないから仕方なかった。
私はまずベテラン作家の三木先生を見つけ、久遠先生にも「あの人が三木先生ですよ」とこっそり教えてあげたうえで、三木先生に近づいた。
「ご無沙汰しております、三木先生」
「え?ああ!美和子ちゃん!」
気さくな四十代の三木先生は、いつも明るいオジサンだ。
人に嫌われる要素などまるでない人のはずだが、私の隣の久遠先生は、そんな三木先生をすでに睨んでいた。
もちろん挨拶なんて久遠先生からはするはずもない。
「担当変わっちゃって寂しいよぉ。美和子ちゃんはどう?頑張ってる?」
「はい、おかげさまで、私もなんとか。あの、三木先生。こちら久遠タカユキ先生です。三木先生が審査員をしてくださった昨年の新人賞の」
「うん、覚えてるよ。お久しぶり、久遠先生」
久遠先生はわずかに目蓋を伏せたことで挨拶を済ませたとでも思っているらしく、何も言おうとしない。
私は先生の袖をピッと引っ張った。
「……はい」
催促しても、先生はそれしか言わなかった。
今どき中学生でも、もっとまともな挨拶をするものだ。
しか三木先生はベテランであるから、こういう変な作家さんにも慣れている。あまり気にせず、ニコニコとした表情は崩さないでいてくれた。