不埒な先生のいびつな溺愛
……勘違いしてはだめだ。
先生に甘えた視線を向けられながら、私は必死に、自分を律していた。

先生は私のことなんて、何とも思っていない。
女性を平気で部屋に連れ込んで、それを私に隠そうともしないのが何よりの証拠だ。

今だけ見せられているものに流されちゃいけない。そもそも、これは私が担当編集だから、こうやって甘えているだけなのかもしれないし。

「……も、もういいでしょう?先生。十分整いましたよ?」

それでも先生は甘ったるい表情を変えようとはしない。

「美和子……」

次は手を掴まれた。先程まで先生の前髪を撫でていた手だった。

後退りをした私のヒールが、カツンと音を立てた。

いつもと違う。会場に来る前、先生の部屋でネクタイを締めたときも、電話が来なければこんな雰囲気になっていたのだろうか。

でも先生は、私相手に、どうしてこんなことをするの?

「先生……?」

力は入れられていないのに、掴まれた手はビリビリとした刺激を感じていた。

───気持ちいい。

手と手が触れているだけなのに、先生とは一生、触れ合うことはできないと思っていたから、余計にこの感覚が愛しく感じた。

「美和子、俺っ……」

「あー!秋原さん!久遠先生!無事に会場入りしてたんだね!」

私でも先生でもない声が、私たちを呼んだ。
木島編集長だった。

私の後ろからやってきた彼からは、おそらく私たちの手が繋がれていることは見えなかったはずだ。

それでも私たちはまたそこで、慌ててその手を離した。

「編集長!お疲れさまです」

「いいねえ秋原さん!ドレス似合う似合う!」
< 63 / 139 >

この作品をシェア

pagetop