不埒な先生のいびつな溺愛
悶々とした気分でしばらく立っていたが、いつまで待っても先生が出てこない。

それどころか、男子トイレの入り口には、何やら人だかりができていた。

何だろう。私はそう思ってそこに近づいていき、その人だかりの中に同僚の姿を見つけ、声をかけた。

「あの、木村くん。何かあったの?」

「ああ、秋原さん!ちょうど良かった!久遠先生って秋原さんの担当だよな?」

おっとりした同期の木村くんは、珍しく慌てていた。
久遠先生が、なに?

「そ、そうだけど」

「ちょっと声かけて来て欲しいんだ。トイレの個室に入ったまま出てこないんだけど、多分さ、戻してるんだよな」

「えぇ!? も、戻してるって……」

「うん、ずっと嘔吐してるみたいで、さっきから止まらないから、俺たち中にいてさすがに心配になっちゃってさ。外から、救急車呼んだ方がいいか聞いてるのに、ぜんぜん答えてくれないし」

どうして?

先生はアルコールも飲んでないし、さっきまで具合が悪い様子もなかったのに。

疑問は色々とあったけれど、先生が苦しんでいると聞いては居ても立ってもいられず、中の人が全員出てから、木村くんに頼んで男子トイレの中へ入れてもらった。

トイレの中は静かだった。

でもその静かな中で、ひとつだけ鍵のかかった個室から、たしかに久遠先生の嗚咽だけが聞こえていた。

「先生!? 大丈夫ですか!?」

私の声が響いて、先生の嗚咽はいったん止んだ。

嗚咽が止んだかわりに、ハァ、ハァ、という苦しそうな息づかいが響いている。

「……美和子。どっか行け」

いつもの先生じゃない。

先生はいつも変だけど、こんなに苦しそうな先生の声は初めて聞いた。
今の先生は追い詰められて、限界が来ている様子だ。
きっと先生には思い詰めてしまう何かがあったのに、私がそれに気付かなかったのだ。
< 69 / 139 >

この作品をシェア

pagetop