不埒な先生のいびつな溺愛
「……美和子」

「はい」

先生は私の名前を呼んだだけで、何も言わなかった。私も返事をしただけで、それからは黙った。

こんなことになってここへ来る前には、今日は先生にいろいろなことを言われた。

私に振り回されるのはもう耐えられないとか、担当をやめろだとか、それは私にとってショックすぎるものばかりだった。

聞きたいことも言いたいことも、山ほどある。
先生も同じことを考えている様子だった。私をここまで連れてきてしまったけれど、担当を辞めてほしいというのは本気だ、そう言いたげだった。
でも今は、それが言えないだけなのだと思う。

「あら、秋原さん、お帰りになるんですか。お泊まりいただく準備もありますが……」

お盆にお茶を乗せて台所から戻ってきた坂部さんは、バックを肩にかけた私を見て、少しだけ引き留めた。

私はお茶に一口だけ口をつけて、彼女に会釈をした。

「いえ、こちらこそ突然来てしまって……。坂部さんがついていて下さると聞いたので、私は一度お暇します。会社ほうへは、必要なことは私のほうで何とかしておくので、先生はご自身のことを一番に考えて下さいね。坂部さん、よろしくお願いします」

「あらあら、車でお送りしますよ、私の車がありますから。隆之くん、送って差し上げたら?」

「いえ!全然、いいんです」

「美和子。送る」

「あの!」

「いい。お前を送るついでに、俺も家から荷物を持ってくる」

先生は坂部さんから鍵を受けとると、私より先に玄関に出て、立派なスーツ姿なのに備え付けのサンダルを履いて外へ出ていった。
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