不埒な先生のいびつな溺愛
「美和子、なんで……」

「あの、お焼香を……っていうか、なんで今日なんだと思うかもしれないんですが、でも私、居てもたってもいられなくて、先生のことが気になって、様子だけでも、って、思ってしまいまして……」

支離滅裂な私の説明を、先生はただ黙って聞いてくれていて、そして「入って」と言って家に入れてくれた。

客間には立派な仏壇が作られていて、両側には花も添えられていた。
私はお焼香をさせてもらった。

「先生。明日、編集長がこちらへ伺いたいと言っていました」

「明日はいる」

「はい。伝えておきます。あの、先生……」

先生が立ち上がって、なんと私にお茶を淹れようと台所へ向かうものだから、この数日、先生はいったいどれだけ、他人に気を遣うという大の苦手なことを強いられていたのかと心配になった。

だって先生の背中が、今日はなんだか弱々しく見えた。

いつもと変わらない素振りを見せているけれど、本当は……。

「先生、大丈夫ですか?」

「何が?」

先生は振り向かない。

しかし手は止まってしまって、しかも湯飲みを持っていたその手は、カサカサと震えていた。

先生───……

「先生。大丈夫じゃ、ないですよね」

先生の力の抜け落ちた姿を見ていられなくて、気づけば私は、先生に駆け寄っていた。
そして、広くて弱々しい彼の背中に、夢中で抱きついた。

「美っ……」

先生が動揺したことは、体の振動ですぐに伝わってきた。先生は何か言おうとしているけれど、驚きすぎて声が出せていない。

心臓と心臓がくっつくようにと体を引き寄せたけれど、彼の胸の高さには到底届かなかった。

先生の背中は男らしいのに、とても冷たくて、体温の高い私のぬくもりはすぐにそこへ移っていく。
もっと温かくなって。そんな思いで、私は自分の体をくっつけた。

「み、みわこ、何っ」

先生、先生、先生──……

私は先生の背中を抱き締めて、そこに顔をうずめて、そして何度も心の中で“先生”と呼んだ。けれど何かが違うと思った。

ずっと心に引っ掛かっていた。この人にかけたい言葉は、本当はずっと昔から変わらないのだ。

「おいっ……」

「ひとりにしてごめんね、久遠くん」

先生の中の久遠くんに会いたい。
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