帰り道はスキップ
愛妻家の小柳課長代理
愛妻家で有名だった経理課の小柳課長代理が、離婚したらしい。
どうやら、奥さんが浮気をしたらしいとか、相手は結婚前から関係のあった若い男だったとか、ある日置き手紙とともに家からいなくなったとか。
たちまち、お盆明けのオフィスはそんな噂で持ちきりになった。
元々無口でクールなタイプの小柳さんは、そんな噂をわざわざ否定したりしないし、誰も恐ろしくて小柳さんに真相を確かめたりしない。
だから、半年経った今でも真相は闇の中なのだけど───
「小柳さん、これ、よかったらどうぞ」
「ああ、ありがとう」
いつもみたいに、オフィスの人がまばらになった頃を見計らって、さり気なく渡したチョコレート。彼はいつもの無表情だったけど、仕事の手を休めて受け取ってくれた。
「今年はいつもと違いますよ」
「そうか?」
少しやつれた顔で素っ気なく首を傾げる。
毎年欠かさずバレンタインデーに義理チョコを贈ってきた。
…にも関わらず、この塩対応だ。
確かにそのクールさも彼の魅力の一つだけど、少しは興味を持って欲しい。
まあ、見た目や重さでは分からない違いなのだけど。
「……それ、本命チョコですから」
彼の耳元でそっと囁いた。
そんな答えを予想すらしていなかったのか、いつもみたいなクールな表情とは打って変わって唖然とする小柳さんに、もう一度耳元でやんわりとお願いする。
「ゆっくりでいいので、ちゃんと返事をいただけるとうれしいです」
「ちょっ、ちょっと待て…」
ニッコリと微笑んでから、ようやく状況をのみ込んで慌て出した彼を置いて、オフィスを後にした。
別れた理由なんて何だって構わない。
ただ、小柳さんが奥さんに未練を残さないような、酷い別れ方だったらいいなと思う。
「スキップするか!」
叶わぬ恋をして、数年。
彼にとっては不幸でも、私にとってはようやく巡ってきたチャンスに、申し訳ないけれど心が弾んだ。
───その頃。
「あいつ、いい逃げしやがって…」
「小柳さん、どうしたんですか?」
「…何でもない」
「あっ、チョコもらったんすか。小柳さん、甘い物苦手そう。俺、代わりに食べますよ?」
「ダメだ…それは、俺が食う」
「意外と甘党なんすね…」
「違うけど…ダメだ…」
小柳さんが怖い顔で私のチョコを死守していたなんて…年甲斐もなくスキップしていた私は、知る由もなかった。
どうやら、奥さんが浮気をしたらしいとか、相手は結婚前から関係のあった若い男だったとか、ある日置き手紙とともに家からいなくなったとか。
たちまち、お盆明けのオフィスはそんな噂で持ちきりになった。
元々無口でクールなタイプの小柳さんは、そんな噂をわざわざ否定したりしないし、誰も恐ろしくて小柳さんに真相を確かめたりしない。
だから、半年経った今でも真相は闇の中なのだけど───
「小柳さん、これ、よかったらどうぞ」
「ああ、ありがとう」
いつもみたいに、オフィスの人がまばらになった頃を見計らって、さり気なく渡したチョコレート。彼はいつもの無表情だったけど、仕事の手を休めて受け取ってくれた。
「今年はいつもと違いますよ」
「そうか?」
少しやつれた顔で素っ気なく首を傾げる。
毎年欠かさずバレンタインデーに義理チョコを贈ってきた。
…にも関わらず、この塩対応だ。
確かにそのクールさも彼の魅力の一つだけど、少しは興味を持って欲しい。
まあ、見た目や重さでは分からない違いなのだけど。
「……それ、本命チョコですから」
彼の耳元でそっと囁いた。
そんな答えを予想すらしていなかったのか、いつもみたいなクールな表情とは打って変わって唖然とする小柳さんに、もう一度耳元でやんわりとお願いする。
「ゆっくりでいいので、ちゃんと返事をいただけるとうれしいです」
「ちょっ、ちょっと待て…」
ニッコリと微笑んでから、ようやく状況をのみ込んで慌て出した彼を置いて、オフィスを後にした。
別れた理由なんて何だって構わない。
ただ、小柳さんが奥さんに未練を残さないような、酷い別れ方だったらいいなと思う。
「スキップするか!」
叶わぬ恋をして、数年。
彼にとっては不幸でも、私にとってはようやく巡ってきたチャンスに、申し訳ないけれど心が弾んだ。
───その頃。
「あいつ、いい逃げしやがって…」
「小柳さん、どうしたんですか?」
「…何でもない」
「あっ、チョコもらったんすか。小柳さん、甘い物苦手そう。俺、代わりに食べますよ?」
「ダメだ…それは、俺が食う」
「意外と甘党なんすね…」
「違うけど…ダメだ…」
小柳さんが怖い顔で私のチョコを死守していたなんて…年甲斐もなくスキップしていた私は、知る由もなかった。
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