わたしのキャラメル王子様
「このBGMって、今弾いてるんだよね?」



席に案内されて、店内の端にあるグランドピアノに気がついた。
白いシャツに漆黒の髪。
椅子に浅く腰掛けた眼鏡のイケメンが、長い指で鍵盤をたどっていた。



「そうそう、そうなの。これが楽しみのひとつでもあるんだよね。今夜は誰が弾いてるのかな?うわ、やった!今夜は彼だっ!」



雅ちゃんは小さなガッツポーズでお目当ての彼に遭遇できた喜びを噛みしめていた。何人かいるなかでも、特にお気に入りのピアノ男子が彼らしい。



「ねぇねぇ、照明がいい感じに落ちるから?普段より2割増しで沙羅が可愛く見えるんだけど」



「うっそ!え、でも確かに。京ちゃんもなんかお肌ツヤツヤだよ?」



「お姉ちゃんもなんかいいオンナ風吹いてるよね?」



「ほら~、ね?来ると気分よくなるんだってこの店は。自撮りしよ、自撮り!」



うちら完全に素敵な雰囲気に丸め込まれちゃってるな。



「はぁ、眼鏡王子……今日も一段と麗しいわぁ。いつも指先見ちゃうんだよね」


雅ちゃんは私達に付き合ってアルコールは頼まなかったけど、その代わりにピアノ王子にうっとり酔わされてるみたいだった。



「確かにあれは王子様だねぇ……」



私もうっかり見とれてしまった。
横顔しか見えないけど、それでもどれだけ美形か簡単に想像がつく。



眼鏡の奥のクールな瞳。小さな顔。
高い鼻筋、シャープな顎のライン。
長い手足に大きな手、しなやかな指。
彼が奏でる音楽が、この店を優しく包み込んでいた。



その人は気品に満ちていて、とても私達が気軽に声をかけられるようには見えなかった。
雅ちゃんが高嶺の花男だと嘆いていた意味がよくわかった。


何歳くらいなんだろう。
年上の、大人男子なんだろうな。

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