恋慕

「あなた、立派になったわね。」

霞む視界の中の彼を見る。

彼はかつてのまま微笑んだ。

「そうですか?」

「そうよ。」

私は
隣のイスにおいていた
バッグを引き寄せ
中からハンカチを
取り出して
目頭を押さえた。

「歳を取ると
 涙もろくってダメね。」

自嘲気味に笑う。

すると
彼は万年筆のキャップをし、
皮表紙のバインダーを
パタン、と
閉じた。

「今回の件は
 なかったことにしましょう。」

少し驚いて
彼を見上げれば
彼は腕時計を見ていた。

ここに来たのは午後5時。
今は
おそらく5時30分頃だろうと
私は推測する。

「それより
 お時間があれば
 食事に付き合って
 いただけませんか?」

大人になった彼は
私を食事に誘った。
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