仮初めマリッジ~イジワル社長が逃してくれません~
全てを理解して、頭から大量の水を被ったように全身が冷たくなる。

嫌な汗が吹きだすのがわかった。寒くて、震えが止まらない。

「先月の有名衣料量販店のオファーも、急だったけど琴石から媛乃に変更して正解だった。だから今回も私は媛乃を推すわ。彼女こそ、この役柄に相応しい」

芹沢さんが「ねえ媛乃?」と優しく呼びかける。

彼女のとなりで、媛乃ちゃんがパッと世界が華やぐような笑顔を浮かべた。
ぱっちりとした黒目がちの瞳が輝き、ベビーピンクの唇から無邪気な白い歯がのぞく。

「結衣ちゃんのお仕事、私がもらうね?」

「そ、んな……っ」

知らなかった事実が多すぎて、目の前が真っ暗になる。

先月のお仕事は直接オーディションを受けて決定したわけではないから、事務所側でオファーの調整をされたからと言って、私のような売れないモデルに文句は言う権利はないのかもしれない。

クライアント側からも結局、媛乃ちゃんでオーケーが出ているのだから尚更だ。

今回の企画もオーディションが開催されたわけではないから、同じと言えば同じだけど……。
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