仮初めマリッジ～イジワル社長が逃してくれません～

媛乃ちゃんと顔を見合わせたあと、芹沢さんは首を傾げる。その顔には『あなたは馬鹿なのね』とハッキリ書いてあった。

「その常盤社長からオーケーを貰っているのよ」

……え…………？

「早く帰りなさい。まあ、良い経験ができたじゃない？　お疲れ様」

芹沢さんが私の肩を掴むように叩く。
その横を軽やかな足取りで媛乃ちゃんが通り抜けながら、「結衣ちゃん、お疲れ様でーす」と可愛らしい笑顔で手を振った。

頭の中が真っ白になった。茫然自失で立ち尽くす。

――“常盤社長”から？

そう聞かされても、慧さんへの怒りなんて少しもわいてこなかった。

深い悲しみが胸中を覆い尽くす。
あんなに一緒に過ごしているのに信頼されていなかったなんて。

もしかして慧さんは、私の表現力の成長も、本当は期待していないの……？


彼の甘やかな優しい笑顔が脳裏に浮かぶ。

大切なものでも愛でるように口元を緩め、宝石のような双眸が眩しそうに揺らぐあの瞬間に、彼は一体何を思い浮かべていたのだろうか。

勝手に好きになったくせに、勝手に裏切られたような気になっている。

酷いショックで胸が張り裂けそうに痛い。