仮初めマリッジ~イジワル社長が逃してくれません~
第一下っ端モデルなのだから、現場で他のモデルに取り替えられることには慣れている。

私物の衣装が足りなくて。自分で出来るヘアアレンジのレパートリーが少なくて。スタッフさんとすぐに打ち解けられずコミュニケーション不足で。
今までだって何度も、そうやって取り替えられてきた。


それでもこのお仕事だけは……慧さんがくれたお仕事だけは、媛乃ちゃんに渡したくなかった。


慧さんは、媛乃ちゃんにも特別授業をするんだろうか。

私にするように、甘やかな指先で顎を持ち上げ、あの蜂蜜がかかったような琥珀色の双眸を溶かして。

「うっ、くっ」

苦しくて、苦しくて、ぎゅっと噛みしめていた唇から嗚咽がもれた。

「琴石、泣くな」

小野寺さんは喉から絞り出したように切ない声音で囁く。


「俺が悪かった。……お願いだ、泣き止んでくれ」

彼が私の肩に添えていた手に、キュッと力が込められる。


「どうしたら、お前を悲しませないですむんだ。俺は――」

肩に置かれていた彼の手のひらが私の背中に回る。

次の瞬間。私は小野寺さんの腕の中にいた。


なんで、小野寺さんが私を抱きしめてるの?

ぐっと強く引き寄せられるようにして抱きしめられ、頭が混乱した。


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