仮初めマリッジ~イジワル社長が逃してくれません~
嗚咽は止まったものの、ぽろぽろと目元から溢れる涙は止まらない。早く『泣きやめ』と念じながら、手の甲で拭う。

「もう、大丈夫ですから」

私は小野寺さんの胸元に手をつき、言外に離してほしいと伝える。

小野寺さんは眉根を寄せながら、私を抱きしめていた腕を解いた。

一階に到着したエレベーターのドアが開き始める。
やっとこの不思議な空気の蔓延する狭い空間から出られる。そう思った矢先、小野寺さんが私の手首を掴んだ。

「この間はお前が常盤社長と帰ったから、心配してたんだ。今夜は俺に送らせてくれ」

小野寺さんは真剣な表情で、まっすぐ私の目を見つめた。
私は小さくかぶりを振る。だって、今日帰宅する場所は慧さんの家だ。

「せっかく迎えに来ていただいたのに、ごめんなさい。今日はタクシーで帰ります」

そう伝えると、彼は「さっきは、抱きしめたりしてすまない」と苦しげな声を絞り出した。

「琴石、お願いだ。話が――」


「……なにしてるのかな、二人で」

目の前には、不機嫌そうな表情をした慧さんが、フロアからエレベーターのボタンを押したまま立っていた。
今朝『今夜は帰りが遅くなるから』と話ていたのに、なんで?
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