仮初めマリッジ~イジワル社長が逃してくれません~
エレベーターを降りたところで、小野寺さんが私を背に隠すように一歩前へ出た。
慧さんは目の奥をすぅっと細めながら彼を見返す。

「僕は琴石さんに用があるんだけど、いいかな?」

「彼女は体調が悪いようですので。このまま帰宅させようと思っています。後ほどマネージャーの私が琴石への伝言をお伺いしますが」

「それじゃ駄目なんだ。ねえ琴石さん」

問われて、こくりと頷く。涙が張りつく目元を指先で拭って、小野寺さんの背後から歩き出した。

小野寺さんが「おい。行かなくていい」と小さく声を上げる。それに答えるように私は首を横に振った。

「……お話、お伺いします。私も言いたいこと、ありますから」

慧さんの前に進み出れば、王子様然とした彼は優雅に頷いた。


「そういうことだから。小野寺くんは帰っていいよ」

「は?」

「彼女は今日も僕が送る。だからキミは、帰っていい」

「事務所規約に反しますので。今日は俺が、琴石を連れて帰ります」
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