仮初めマリッジ～イジワル社長が逃してくれません～

互いを見つめ合うようにして、数秒間停止する。

真剣な表情をした小野寺さんが、ふっと口元を緩めた。絵コンテの通りに、私はこのタイミングでゆっくりと目を閉じる。

「結衣。俺は、お前のことが――」

……え？

囁かれた言葉の内容に、思わず目を見開きそうになるのをグッとたえた。

小野寺さんの唇が、ふわりと私の唇に重なる。その瞬間、頭が真っ白になった。

絵コンテの通り数秒唇を重ねたあと、そっと離れる。再びゆっくりと瞼を開き、互いに真正面から見つめあって幸せそうに微笑む。

演技を続けながら、頭が混乱していた。

「カット！　オーケーです！」

ディレクターさんの声がかかった瞬間――コツ、コツとゆっくりと歩く革靴の音が大きく鳴りひびく。

「ごめん、なさい、わたし……」

小野寺さんの気持ちには応えられない。
私がオロオロしだしたところに、「ねえ」と聞き覚えのある声が掛かった。


「僕だけだよ。彼女を、結衣って呼んでいいのは」


荘厳な静寂に包まれていたチャペルに、人を挑発するような艶やかで高圧的な声が響いた。