仮初めマリッジ~イジワル社長が逃してくれません~

七月初旬の土曜日。私はまた、慧さんの家に帰ってきた。

「ただいま」と言っていいのか、「お邪魔します」と言った方がいいのかわからずに、バッグを持ったまま豪邸を見上げる。

微妙な顔をして玄関に立ち尽くしていたら、「こういう時は“ただいま”だよ」と柔らかな微笑みを浮かべた慧さんが、私の頭を優しく撫でた。

「た、ただいま……」

「うん。おかえり」

青々とした緑が美しいガーデンを、夏の風が吹き抜ける。

ここを出る時はあんなに、寂しい気持ちでいっぱいだったのに。
今はそれが嘘のように清々しい。

約一ヶ月ぶりに足を踏み入れる慧さんの家は、とても新鮮で、キラキラとした幸せに満ちていているように感じた。


慧さんが贈ってくれたゲストルームには必要な物が殆ど揃えられていたため、家電や家具はリサイクル業者に引き渡し、私がここに送った荷物は、実質ダンボール箱一個分だった。

簡単な引っ越し作業を終え、キッチンでのんびりと昼食の後片付けをしていると、慧さんが突然「今日は十七時に出発だから」と声をかけてきた。

「えっ? どこにですか?」
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