仮初めマリッジ~イジワル社長が逃してくれません~
「芹沢さんが担当だったはずだ。まさか蹴ったのか?」

隣から冷たさを帯びた声が飛び、私は「蹴るなんてとんでもないです!」と慌てて首を振る。
衣料量販店の広告が貰えたなんて話は寝耳に水だった。

「本当に今月は何も……。普段のレッスンと今日のコンポジット撮影だけです」

そんな有難いお仕事があれば、今頃は白米とお味噌汁をしっかり食べられていたに違いない。

けれど残念ながらそんな話は一切聞いていないのだから、小野寺さんは私と別のモデルを間違えて話しているのだろう。
 
「じゃあ俺の覚え間違いだな。忘れてくれ」

「はい」

私はへらりと笑顔を浮かべた。

さらに小野寺さんが担当しているモデルだって、何十人いるのか分からない。
プライマリークラスやジュニアクラス、私の所属しているペルラクラス、それにミセスやシニアクラスまで合わせれば相当な人数になる。

業界的には既に二年目だけれど、『ペルラ』に所属しているモデル達の所属年数から言えば未だ二年目。

その中でも売れないモデルのスケジュールとなれば、記憶にも残りにくいに決まっている。誰かと間違えられるのも無理はない。
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