仮初めマリッジ~イジワル社長が逃してくれません~
溶けるように力が抜けていく。
緊張で強張っていた身体は、別の感覚を帯びて言うことを聞かなくなり始めていた。

慧さんは私を縫い止めていた手を緩めると、腕の先から撫でるように動かし、私の顎に指先を絡める。

「僕たちは婚約者なんだ、このまま何もしないってのもおかしな話だよね」

そう言われて、これから何が行われてしまうのか、恋人がいたことのない私でも予想できないわけじゃない。

婚約者って言っても、表現力を向上させるために与えられた役で!

「そ、そこまでするのはいくらなんでも……っ」

「黙って」

獰猛な百獣の王のように獲物を狙う双眸が、甘やかに細められる。
慧さんは私の顎をクイッと持ち上げると、ゆっくり顔を近づけてきた。

私は彼の視線から逃げるように、目を伏せた。
小刻みに揺れる瞳に、睫毛が震える。

あと少しで彼の唇が触れてしまうというという瞬間、彼は止まった。

あ、あれ? ……キス、しないの?

不思議に思って仰ぎ見る。
慧さんは蜂蜜のような瞳を悪戯っぽく細めると、くすくすと愉快そうに笑った。

「もしかして期待しちゃった? このまま――食べられちゃうのかもって」

「っ、してません!」

羞恥心でかぁあっと顔が真っ赤になるのがわかる。
この王子様、本当に意味わからない!
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