仮初めマリッジ~イジワル社長が逃してくれません~
「昨日みたいに突然いなくなられたら困ると思って。独占契約を交わしたんだから、君はもう僕のものだ。その薬指も。――この唇も」

髪を梳いていた彼の手が、私の頬をあたたかく包む。

「ねえ。おはようのキス、してくれる?」

「えっ、それはっ」

「君は婚約者なんだから当然だよね。……ほら、早く」

彼は甘い声音で囁く。

ほら、早くって……私から慧さんに『おはようのキス』をしろということだろうか。

何を急かされているのか理解して、かぁああっと頬が真っ赤に染まる。

「そんなこと無理です!」

今まで一度だって、誰かにキスなんかしたことないのに。私から慧さんにキス、なんて、突然できるわけない……っ!

頭ではそう考えているのに、思わず胸がきゅうっとなる。

王子様が操る魔法にでも、かかってしまったのだろうか。

トクリとトクリとときめく心が、この一瞬に桜色のフィルターをかけているようだった。
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