愛され新婚ライフ~クールな彼は極あま旦那様~
自分を鼓舞しながら、思いきり無邪気を装い、高晴さんの雑誌を覗き込んだ。

「高晴さんはどんなの読んでるの?」

笑顔を作って、子どもみたいな態度で、ぐっと顔を寄せる。彼の頰と私の額がわずか数センチまで近づく。心臓が破裂しそう。こんなに男の人に近づいたのは、結婚式の誓いのキス以来。

どうかな?
高晴さん、どうかな?
私から接近したら、ちょっとドキドキしない?私はすごくドキドキしてるんですけど!
高晴さんの使うシャンプーかボディソープの香りが鼻腔をくすぐった。男の人の香りだ。
心臓の鼓動が加速してしまう。

すると、次の瞬間、驚くべきことが起こった。

高晴さんの腕が、私をぐいっと押しのけたのだ。

正確に言うと、覗き込んだ私の肩を押し、斜めになった身体を元の位置まで起こさせた格好だ。
私たちの距離はいつも通りになった。ルームメイトの距離。お友達の距離。
ご夫婦の距離は一瞬にして解除されてしまった……。

「あはは、ごめんね。顔出しすぎて見えなかったね」

よくそんな気の利いた言葉が出たものだと自分に感心してしまう。心臓は別な意味でドクドク鳴っていて、動揺とショックで泣きそうな気分。
高晴さんに距離を取られてしまった。夫婦なのに、近づいちゃいけないんだ……。

当の高晴さんは、輪をかけて無表情。私を横目でちらりと見て、平然と答えた。

「業界の専門誌なんだ。回覧で回ってくる。雫さんが見ても楽しくないと思うよ」
「そっかー。うんうん」

上の空で妙に明るい返事をして、私は自分の文庫本を開いた。
かすかに腰を浮かせ、高晴さんから数センチ離れて座り直す。

文庫に集中はできなかった。最初の一章すら読み終わらないうちに私は立ち上がった。
先に休むね、なんて笑顔で言って。

本当に泣きそうで、いたたまれなくて、恥ずかしくて、……ひとりでパニックだった。

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