嘘ごと、愛して。
「先生、いないね」
保健室の扉を開けて養護教諭の姿を確認したが、誰もいない。
「ねむっ」
正義は一番手前のベッドに横になる。
「先生呼んでくる」
「そのうち戻ってくるだろ」
それもそうかと、仰向けになり目を瞑る正義に体温計を渡す。
「計って。お水飲む?」
返事を待たず、紙コップに浄水器の冷水を注ぐ。
次に冷蔵庫を物色すると、額に貼る保冷剤を見つけた。
勝手に使ってごめんなさいと謝りながらも、すぐに正義の額に貼った。
「大丈夫?」
「昨日から体調悪かった?」
いつものテンポの良い会話どころかまともな返事すらない。完全に私の独り言だ。
「昨日は元気そうだったよね」
「……夜くらいから。熱あるな…」
やっと返事があり、
体温計を確認した正義は大きなくしゃみをした。
「帰った方がいいよ。迎えに来てくれる人とかいる?親は仕事だよね?水、飲む?教室に戻ればトローチもあって…」
「…うるさい」
なっ…。
少し熱い正義の掌が、私の口を覆う。
そして上半身を起こした正義は静かに言う。
「うつしたくないから、教室戻って」
マスク代わりのつもりなのか私の口元から手を放さず、
反対の手で握っている体温計は"39.2度"を表示していた。
「でも…」
「熱のせいにして、イタズラするかもよ?」
「イタズラ?」
"分かんない?"彼は妙に挑発的な言い方をする。
「襲うかも、ってこ……ゴボッ、」
言い終わらないうちに咳き込んだ正義を見て笑ってしまった。
「さすがに病人には勝てます」
「じゃぁ、試してみる?」