樛結の実 ー愛も罪も 番外編ー
この問題について時間のロスは避けたい。未来に影響しない内に処理したいから、J168はできるだけ早く答えを出して欲しいと言った。だが、理麗は両親が自分の結婚相手についてどう考えているのか。一路は自分との婚約をどう思っているのか。それを聞いてから答えを出したいと思った。それで大切な事だからしっかりと考えて答えを出したいと訴え、三日間、考える猶予を貰う事となった。
一通り話を終えるとJ168は、
「じゃあ、送るよ」
と言って、来た道を戻って行く。
だが、何故か理麗の家では無く、帰り道の途中で車を止めた。そして、
「直、気づくから」
と、J168は横目で泉田を見た。
理麗はハッとした。きっとJ168は人に言えない様な方法で、理麗をこの車で迎えに来たに違いない。それでこんな場所に車を置いて行くのだと。
それからJ168は、
「形式的なものだから」
と、理麗に銀の指輪を渡した。
理麗の掌に乗ったのは、飾りの無いシンプルで小さな指輪だ。
「いつも持ってて」
J168の言葉に理麗はコクリと頷いた。
「じゃあ、三日したら」
J168が腰を浮かすと、
「Jっ! 今度来る時はちがう方法にしてね。じゃないと泉田さんがかわいそう」
と、理麗が呼び止めた。理麗の真剣な眼差しに、J168は頬を緩めて言う。
「判った。次は理麗の部屋に直接会いに行くよ」
「あたしの部屋? どこなのか知ってるの?」
「ああ。理麗の事ならなんでも知ってる」
その唇に知悉した表情を含んだ。
J168が去って、暫くして泉田が目を覚ますと、理麗はJ168が作ったシナリオ通り、学校で迎えを待っていたが、いつまで経っても来ないので歩いて帰っていると、ここで車を見つけたのだと、無難にやり過ごす話をして真相を誤魔化した。
泉田は怪訝な顔をしていたが、どうして自分が車内で気を失っていたのかという疑問を理麗に向けたところで仕方ないので、
「迷惑をかけたね」
と一言言って、理麗を家まで送った。
泉田が理麗を送り届けた後は、何時もの様にリビングで母の祐理子が泉田にお茶を入れる。帰宅が遅くなった事について説明のつかない話を祐理子に聞かせていたが、理麗も無事に帰宅している事だし、泉田に何が起こったのかは誰も知りようがないので、泉田に健康診断を勧めると、この話はこれ以上広がる事無く、そこで終えたのだった。
✻
理麗は再び占いの本に目を向ける。そこに天秤座と相性の良い最座は、双子座、水瓶座、魚座となっている。
もう一つの赤い糸はこの星座のどれかに当てはまる人なのだろうか、と理麗は思った。
「誰なんだろう…。ふたご座、みずがめ座、うお座…」
言葉に出しても誰の顔も浮かんで来ない。
「知らないよっ」
呟いて本を放った。
そしてキャビネットに視線を向ける。その中には硝子の靴が置かれている。それは一路の父親が理麗にプレゼントしてくれた物だった。
扇郷家は硝子の輸入雑貨を扱うお店を経営している。
弟の理和が生まれて、祖父達の孫同士を結婚させようという夢物語を、現実にするとなった時、一路の父が24センチの硝子の靴を片方だけくれたのだ。
この硝子の靴は扇郷の店の人気商品だとか。何色かある中で、理麗にはこの色が似合うと、細かなラメがキラキラ光る、シャンパンゴールドの靴を選んでくれたのだ。そして「一路がもう片方の靴を持って、理ぃちゃんを迎えに行くからね」と言ってくれた。(一路パパは乙女以上にロマンチストだった。)
今はまだサイズが合わないけど、自分が成長して足のサイズが合うようになった頃、一路と結婚するのだと思っていた。
実際に硝子の靴を履くかどうかは別として、硝子の靴を持っている事に、理麗はシンデレラになった気分で、その靴をとても気に入っていたし、大切にしていた。
今日、母に連れられて扇郷家に遊びに行った時、一路の部屋に硝子の靴が置いてあるか確かめようと思った。だが、部屋のドアを開けようとした時、樹二に声を掛けられて、そうする事が出来なかった。
一路が理麗との婚約をどう思っているのか樹二から訊き出す事は出来ないかと、それとなく婚約話を持ち出して、樹二に訊いてみたが、弟である樹二が一路の婚約を知らなかった。それに理麗は驚いた。
昨日、神社で一路と話をした時も、一路の母は二人の婚約を話題にする事は無いと言っていた。
樹二が婚約を知らなかった事といい、もしかして、一路と理麗が結婚の約束をした事を扇郷家では忘れてしまったのだろうか。理麗はそう感じた。
婚約といっても祖父達が決めた事で、二人の間で何をしたわけでもなく、ましてや恋人同士の様にイチャつくわけでもない。どちらかといえば友達以下の知人といったところだから、今迄も二人で婚約について話した事などない。
だが、今回の奇妙な出来事は、それを話す良いきっかけになった。周りがどう感じているのか、しっかり知っておきたかった。
赤い糸を選んで将来結婚する相手が決まる。ニ本の内の一本は婚約している一路だと理麗は信じていた。それで家族にも一路との結婚をどう思っているのか訊ねた。
J168から赤い糸の話を聞いた日。
夕食後の入浴を済ませた理麗はリビングへと入った。そこでは何時もの様に家族が集まっていた。
父の暢介は次女の美麗とソファでテレビを観ていた。暢介の隣にはタブレットをスワイプしている母の祐理子がいる。理麗は祐理子の向かいに腰を下ろした。
ソファの傍に敷いてあるラグに座り込んで沢山の玩具を出して遊んでいる。三女の音麗と、長男の理和。その二人に付き合って遊んでいる祖父の正造がいた。
父も母も、一路は真面目でしっかりしているから結婚相手には安心だと、口を揃えて言っていた。
祖父も一路との結婚に賛成していた。だが自分達が勝手に決めた事だから、理麗が気に入らないなら、別の男性と結婚しても構わないとも言っていた。
家族が皆、賛成しているなら、一路との糸を選ぼうと考えていたが、一路にその気がないのなら、赤い糸では繋がっていないのかもしれないと理麗は思ってしまう。
それに昨日の一路の言動。理麗にとってはとてもショックだった。
話している間に一路が時間を気にしていた事。
理麗が二人は赤い糸で繋がっているとは思わないかと訊いた時、「暗くなった」と話を逸した事。
理麗としてはそこで何か言って欲しかった。その場しのぎで「そうだね」でも、そう思わなければ「そうかな」でも良かった。それなのにそれには答えずに話を変えたのは、答えるのも面倒だと言っている様なものだ。
一路は真面目だから、きっと嘘がつけなかったのだろう。本当の気持ちを言ったら、理麗に悪いと思ったのかもしれない。一路は二人の婚約を深く考えてはいないし、理麗を好きでもない。そう感じた。
これまで、一路を強く好きだと感じたりはしなかったが、それでもどこかで、将来は結婚する相手だと心にあった。それが相手に何とも思われていないと判ると、何故か失恋でもした様な気分になり、昨日は泣いてしまった。自分では気づかないだけで、本当は好きだったのかもしれない。そこは理麗にもよく判らない。
ただ今回こういう事があって、一路への感情が今迄と変わってしまった。赤い糸の選択にしても、よく考えて答えを出さなければいけないと思っている。
スタンドライトの前に置いてあるシルバーリングを手に取った。何も飾りの無いシンプルで小さな指輪。それを摘んでコロコロと動かして、眺める。
J168から貰った物だからか、この指輪が赤い糸で結ばれている相手へと、導いてくれるのではないかと期待していた。けれど、この三日間には何も起こらなかった。ただの期待外れに終わった。
一通り話を終えるとJ168は、
「じゃあ、送るよ」
と言って、来た道を戻って行く。
だが、何故か理麗の家では無く、帰り道の途中で車を止めた。そして、
「直、気づくから」
と、J168は横目で泉田を見た。
理麗はハッとした。きっとJ168は人に言えない様な方法で、理麗をこの車で迎えに来たに違いない。それでこんな場所に車を置いて行くのだと。
それからJ168は、
「形式的なものだから」
と、理麗に銀の指輪を渡した。
理麗の掌に乗ったのは、飾りの無いシンプルで小さな指輪だ。
「いつも持ってて」
J168の言葉に理麗はコクリと頷いた。
「じゃあ、三日したら」
J168が腰を浮かすと、
「Jっ! 今度来る時はちがう方法にしてね。じゃないと泉田さんがかわいそう」
と、理麗が呼び止めた。理麗の真剣な眼差しに、J168は頬を緩めて言う。
「判った。次は理麗の部屋に直接会いに行くよ」
「あたしの部屋? どこなのか知ってるの?」
「ああ。理麗の事ならなんでも知ってる」
その唇に知悉した表情を含んだ。
J168が去って、暫くして泉田が目を覚ますと、理麗はJ168が作ったシナリオ通り、学校で迎えを待っていたが、いつまで経っても来ないので歩いて帰っていると、ここで車を見つけたのだと、無難にやり過ごす話をして真相を誤魔化した。
泉田は怪訝な顔をしていたが、どうして自分が車内で気を失っていたのかという疑問を理麗に向けたところで仕方ないので、
「迷惑をかけたね」
と一言言って、理麗を家まで送った。
泉田が理麗を送り届けた後は、何時もの様にリビングで母の祐理子が泉田にお茶を入れる。帰宅が遅くなった事について説明のつかない話を祐理子に聞かせていたが、理麗も無事に帰宅している事だし、泉田に何が起こったのかは誰も知りようがないので、泉田に健康診断を勧めると、この話はこれ以上広がる事無く、そこで終えたのだった。
✻
理麗は再び占いの本に目を向ける。そこに天秤座と相性の良い最座は、双子座、水瓶座、魚座となっている。
もう一つの赤い糸はこの星座のどれかに当てはまる人なのだろうか、と理麗は思った。
「誰なんだろう…。ふたご座、みずがめ座、うお座…」
言葉に出しても誰の顔も浮かんで来ない。
「知らないよっ」
呟いて本を放った。
そしてキャビネットに視線を向ける。その中には硝子の靴が置かれている。それは一路の父親が理麗にプレゼントしてくれた物だった。
扇郷家は硝子の輸入雑貨を扱うお店を経営している。
弟の理和が生まれて、祖父達の孫同士を結婚させようという夢物語を、現実にするとなった時、一路の父が24センチの硝子の靴を片方だけくれたのだ。
この硝子の靴は扇郷の店の人気商品だとか。何色かある中で、理麗にはこの色が似合うと、細かなラメがキラキラ光る、シャンパンゴールドの靴を選んでくれたのだ。そして「一路がもう片方の靴を持って、理ぃちゃんを迎えに行くからね」と言ってくれた。(一路パパは乙女以上にロマンチストだった。)
今はまだサイズが合わないけど、自分が成長して足のサイズが合うようになった頃、一路と結婚するのだと思っていた。
実際に硝子の靴を履くかどうかは別として、硝子の靴を持っている事に、理麗はシンデレラになった気分で、その靴をとても気に入っていたし、大切にしていた。
今日、母に連れられて扇郷家に遊びに行った時、一路の部屋に硝子の靴が置いてあるか確かめようと思った。だが、部屋のドアを開けようとした時、樹二に声を掛けられて、そうする事が出来なかった。
一路が理麗との婚約をどう思っているのか樹二から訊き出す事は出来ないかと、それとなく婚約話を持ち出して、樹二に訊いてみたが、弟である樹二が一路の婚約を知らなかった。それに理麗は驚いた。
昨日、神社で一路と話をした時も、一路の母は二人の婚約を話題にする事は無いと言っていた。
樹二が婚約を知らなかった事といい、もしかして、一路と理麗が結婚の約束をした事を扇郷家では忘れてしまったのだろうか。理麗はそう感じた。
婚約といっても祖父達が決めた事で、二人の間で何をしたわけでもなく、ましてや恋人同士の様にイチャつくわけでもない。どちらかといえば友達以下の知人といったところだから、今迄も二人で婚約について話した事などない。
だが、今回の奇妙な出来事は、それを話す良いきっかけになった。周りがどう感じているのか、しっかり知っておきたかった。
赤い糸を選んで将来結婚する相手が決まる。ニ本の内の一本は婚約している一路だと理麗は信じていた。それで家族にも一路との結婚をどう思っているのか訊ねた。
J168から赤い糸の話を聞いた日。
夕食後の入浴を済ませた理麗はリビングへと入った。そこでは何時もの様に家族が集まっていた。
父の暢介は次女の美麗とソファでテレビを観ていた。暢介の隣にはタブレットをスワイプしている母の祐理子がいる。理麗は祐理子の向かいに腰を下ろした。
ソファの傍に敷いてあるラグに座り込んで沢山の玩具を出して遊んでいる。三女の音麗と、長男の理和。その二人に付き合って遊んでいる祖父の正造がいた。
父も母も、一路は真面目でしっかりしているから結婚相手には安心だと、口を揃えて言っていた。
祖父も一路との結婚に賛成していた。だが自分達が勝手に決めた事だから、理麗が気に入らないなら、別の男性と結婚しても構わないとも言っていた。
家族が皆、賛成しているなら、一路との糸を選ぼうと考えていたが、一路にその気がないのなら、赤い糸では繋がっていないのかもしれないと理麗は思ってしまう。
それに昨日の一路の言動。理麗にとってはとてもショックだった。
話している間に一路が時間を気にしていた事。
理麗が二人は赤い糸で繋がっているとは思わないかと訊いた時、「暗くなった」と話を逸した事。
理麗としてはそこで何か言って欲しかった。その場しのぎで「そうだね」でも、そう思わなければ「そうかな」でも良かった。それなのにそれには答えずに話を変えたのは、答えるのも面倒だと言っている様なものだ。
一路は真面目だから、きっと嘘がつけなかったのだろう。本当の気持ちを言ったら、理麗に悪いと思ったのかもしれない。一路は二人の婚約を深く考えてはいないし、理麗を好きでもない。そう感じた。
これまで、一路を強く好きだと感じたりはしなかったが、それでもどこかで、将来は結婚する相手だと心にあった。それが相手に何とも思われていないと判ると、何故か失恋でもした様な気分になり、昨日は泣いてしまった。自分では気づかないだけで、本当は好きだったのかもしれない。そこは理麗にもよく判らない。
ただ今回こういう事があって、一路への感情が今迄と変わってしまった。赤い糸の選択にしても、よく考えて答えを出さなければいけないと思っている。
スタンドライトの前に置いてあるシルバーリングを手に取った。何も飾りの無いシンプルで小さな指輪。それを摘んでコロコロと動かして、眺める。
J168から貰った物だからか、この指輪が赤い糸で結ばれている相手へと、導いてくれるのではないかと期待していた。けれど、この三日間には何も起こらなかった。ただの期待外れに終わった。