初恋とチョコレートと花束と。

ふと壁掛け時計を見ると、今の時刻は7時前。
普段なら、夕ご飯を食べてるくらいの時間。


そういえば、お姉ちゃんに子機を渡した時から30分近く経ってる。

いつもならすぐに電話を切るのに、何かあったのかな?
それか、電話はすぐ終わったけれど部屋で何かをやってたとか?


・・・どっちにしても私にはわからないし、お姉ちゃんのお手伝いでもしにいこうかな。

きちんと閉まってなかったのか、知らないうちに開いてたクローゼットの扉を閉めると、私は自分の部屋をあとにした。



「――ねぇ、お姉ちゃん」

夕ご飯を食べ終わって、テレビを見ながら隣に座って本を読んでるお姉ちゃんに声をかけると、しばらくして「んー?」と返ってきた。

「・・・“こい”ってさ、何?」

突然そう聞いちゃったけれど、大丈夫だったかな?変じゃない?

そう思ってた私に、お姉ちゃんはしばらく考えこんでから、ちゃんと答えてくれた。

「こい、かぁ・・・。んーっとね、綾が習った漢字の中にも何個か似たようなのがあるかもしれないけれど、同じ『こい』って読み方でも漢字は色々とあって、それぞれ意味が違うの」
「綾が訊きたかったのは、どういう感じのこい?」
うーん、どういう感じの・・・。
クラスの女の子達がよく集まって「この中にこいしてる人、いる?」とか言ってたりするけれど、こいってそんなに種類があるの?

「・・・って言っても、あたしの言葉じゃわかんないか。ちょっと待っててね、辞書取ってくる」
お姉ちゃんは閉じた本をテーブルに置くと、リビングを出てった。

どんな本を読んでたのか気になったから、手に取って表紙の文字を読もうとしたのだけれど、私にはほとんどわからない。

「ほしかわきょう・・・の・・・かず・・・がく・・・?ダメだ、わかんないや」

パラパラとめくって中も見てみたけれど、よくわからない文字とか式とか、あとは読めない漢字が沢山あって、あまり面白い本じゃないなと思った。

お姉ちゃんにとっては、面白いんだろうけれど。


「・・・気になるの?その本」

その声に、私は驚いて振り返る。
いつの間に戻ってきてたんだろう。本に夢中で全然気がつかなかった。

「綾にはまだわからないでしょ。あたしもわからないところあるし」と笑いながら、お姉ちゃんは隣に座る。
その手には、さっきまで読んでいたやつと同じくらいぶあつい本が抱えられてて。
「わからないのに読んでるの?」

「じゃなくて、わからないから読んでる・・・って言った方がいいかな?」

・・・うーん、やっぱりよくわかんない。

なんて思ってるうちに、お姉ちゃんはどんどんページをめくってく。
しばらくページをめくる音が続いてたけれど、やがて「お、あった。これがこいって読み方の字」と言いながら私に見せてくれた。


濃い、恋、鯉、故意・・・本当だ。ひらがなだとこいってふたつの文字だけれど、漢字にするとこんなにあるんだ。

「まぁ、これに載ってないのも含めたら、もうちょっとあるけれど。来いとかね」
へぇ・・・。お姉ちゃんって物知りなんだな。

って当たり前か。よく考えたら私の倍くらい生きてるし。


「・・・で?綾が知りたいのはあった?」

その言葉を聞いて、私はなんでこの話をしてたのか思い出した。

そもそも、私が『・・・“こい”って、何?』って訊いたからこの話が始まったんだっけ。

「とりあえず、意味も教えて。私にはわからないから」

漢字はわかっても、その漢字の意味がわからなかったら答えられない。

「それじゃあ、わかりやすく砕いて教えるね。濃いって言うのは、味が濃いとか、色が濃いとか、化粧が濃いとか、そういう何かが強い時に使う字かな。恋って言うのは、異性・・・つまり男の子だったら女の子を、女の子だったら男の子を好きになる事。たまに男の子とか女の子同・・・って、これは関係ないことだからいいや。綾にはまだ早いだろうし」

すらすらと、まるで本を読むように説明していくお姉ちゃん。
途中で言葉が詰まったところは、一体何を話そうとしてたんだろう?


・・・まぁ、関係ないなら別にいっか。

そのあとも、お姉ちゃんからの説明は続いた。
< 7 / 26 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop