沈黙する記憶
部屋に戻ったあたしはベッドに座っている夏男を見た。


夏男は杏がいなくなる前と変わらない様子に見える。


やつれてはいるが、その表情は明るかった。


「夏男、話しの前にお風呂でも入ってきたら?」


あたしがそう言うと、夏男は驚いたようにあたしを見て瞬きをした。


何かまずい事を言ってしまっただろうか?


笑顔を浮かべたまま、緊張が体を駆け巡る。


「杏がそんな事を言うなんて、珍しいな」


「そ、そう?」


あたしはとぼけた顔をして首を傾げた。


杏とは長い付き合いだけれど、こういう場面で何を話すのかは想像もつかない。


「まぁ、杏がそういうならシャワーくらい浴びてこようかな」


夏男がそう言い、立ち上がる。


「うん。行ってらっしゃい」


あたしは部屋を出る夏男の後ろ姿を見送りそう言った。
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