沈黙する記憶
☆☆☆

夏男が部屋を出てすぐ、玄関が開く音が聞こえて来た。


すぐ玄関に駆けつけるとマネキンを抱えて克矢が立っていた。


「克矢!」


「シッ! シャワー中の夏男に声が聞こえるだろ」


克矢に言われてあたしは慌てて口を閉じた。


1人でここまで来て心細かったのが一気に緩和されるようだった。


「本番はこれからだぞ、千奈」


「……わかってる」


部屋にマネキンを仕掛ける克矢へ向けて、あたしは強く頷いた。


「夏男がマネキンを杏だと思い込んでくれればいいんだけどな……」


克矢は不安そうな声を漏らす。


正常なあたしたちから見れば、マネキンはただのマネキンだった。


「俺はベッドの下に隠れて様子を見ているから、千奈は引き続き演技を続けてくれ」


克矢がそう言ってベッドの下に隠れるのと、夏男が風呂場から出て来るのはほぼ同時だった……。
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