沈黙する記憶
僕の、一瞬の違和感~夏男サイド~
それは一瞬のまばたきのようだった。


目を開けた瞬間違和感を覚えた僕は、目の前に立っている彼女を見た。


杏は白地に赤いバラがあしらわれているワンピースを着ている。


少し派手な格好だが、杏の白い肌に赤いバラは恐ろしいほどによく似合っていた。


『あたし、子供ができたみたい』


そうだった。


たしか、杏はそう言っていた。


『もう、おろせないの』


杏の言葉が蘇る。


気が付けば僕は杏の目の前に立っていて、気が付けば僕は杏の首を絞めていた。


それが千奈たちが用意したマネキンであることなんて、気が付もせずに。


僕はマネキンである杏の体を浴槽へ移動し、そして切り刻んだ。


ばらばらに。


記憶を無くす前の、あの日と全く同じように……。
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