沈黙する記憶
裕斗の言葉にあたしは首を傾げた。


杏が妊娠した理由は夏男と関係があったからだ。


「ちゃんと避妊していても避妊具が破れていたりして、妊娠することがあるぞって、言ったんだけど、夏男は納得しないんだ」


「どういう事だろうね?」


「わからない。『僕はまだ何かを忘れているんじゃないか』って……。でも、そういうの今更言っても言い訳にしか聞こえないけどな」


裕斗はそう言い、ふいに立ち止まった。


「どうしたの?」


「やべ、教室に忘れ物した」


「え、一緒に戻ろうか?」


「ここまで来たら家に帰る方が早いだろ。先帰ってていいから」


そう言うと、裕斗はあたしに背を向けて走りだした。


あたしはその後ろ姿を見送り、そして振り向いた。


その瞬間、目の前に克矢が立っているのが見えて一瞬息を飲んだ。
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