浮気の定理
レジで菊地さんと談笑する彼を見つめながら、もうあの頃に戻ることはないんだなと、ちいさく息を吐く。



妊娠したことを彼には伝えていなかった。



もちろん、堕胎したことも……



彼だけのせいじゃない。



避妊を促さなかったのが私のせい。



彼に告げることなく、ここを去るつもりでいた。



仕事を辞めてしまえば、彼との接点は無くなる。



でもたった一度だけの彼との優しい時間を、生涯忘れないだろうと思う。



彼のためにも重荷を背負わせるつもりはなかった。



これで最後になるだろう彼の笑顔を目に焼き付けながら、誰にも知られてはいけないこの気持ちを、心の奥底にギュッと仕舞いこんだ。
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