悪魔の運動会


ちょっと面白い。


口が裂けても言えないが、俺は心のどこかで__いや、心の全部で今の状況を楽しんでいた。


それでも根性で立ち上がった裕貴は、バットのほうへと走っていく。


そう思っているのは当人だけで、実際は千鳥足が絡まって激しく地面に倒れた。


しこたま頭を打ちつけるが、それでも立ち上がる。


歯を食いしばって、額から流れる血を気にもせずにバットに向かうその表情は、まさに鬼。


そうだ__あいつは【鬼】だ。


そのことを俺は一瞬だけ、忘れていた。1番、忘れちゃいけないことだった。


あいつは、なんとも思っちゃいない。


自分以外がどうなろうと、目の前の妨げになるのなら容赦はしない。


まだ鬼のほうが心が有るんじゃないかと思うくらいだ。


裕貴が這い蹲(つくば)ってバットに手を伸ばした時、伊藤明日香はもう回り終えた。


足がフラつくでもなく、足元に突っ伏している裕貴を一瞥し、フンっと鼻で笑う。


完全なる勝者の笑み。


でも、伊藤明日香は気づいちゃいない。


上から見下されるのが何より裕貴が嫌いなこと。


ほら、立ち上がった。


でも裕貴は今からバットで30回、回らないといけない。


だから勝負は誰の目にも明らかだって?


けど違う。


もう1つ気づいていないことがある。


裕貴には、元から勝負なんてするつもりがないこと。


そして。


はなっから、障害物(伊藤明日香)を叩きのめすしか頭にないってことを__。




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