悪魔の運動会


【伊藤明日香】


やられる⁉︎


這うことでしか前に進めない戸田裕貴なんて、怖くもなんともない。


目が回り過ぎて焦点が合っていない。


今から更に30回も回るんだ。


もう私の勝ちは揺るぎない。


だから油断したのか、私はしばらく情けない裕貴を嘲笑って眺めていた。


あっちにこっちにと、それでも震える足を叩きながら立ち上がった裕貴は、そのままの勢いでバットを振り上げる。


__えっ⁉︎


ま、回るんじゃないの⁇


目を見開いていると、目の前の男は微笑んだ。


芯からゾッとするような、妖しい微笑み。


バットが、今にも脳天に振り下ろされようという時。


私は目を閉じてしまった。


あの時のように。


あの時、バイクのライトが悪意を伴って私の目を射抜いた時のように__。


身が竦んで動けない。


ガンっ‼︎


バットは私の脳みそをぶち撒けた__のではなく、空を切った。


地面を叩きつけただけ。


「クソッ‼︎」


今度は真一文字に襲い掛かってくるが、それも見当違いだ。


まだ方向感覚を失っている。


汚い言葉を毒づいて、ただ闇雲にバットを振り回しているだけの悪意から、私は解放された。


ゴールに向けて走り出す。


追っては来ているが、距離が縮まることはないだろう。


行く先にはゴールテープも見える。


私の勝ちだ__。


私の。





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