悪魔の運動会
【立花薫】
私がスタートラインに立つと、隣にやってきたのは木崎涼子だった。
私たちは数秒、目を合わせる。
意思の疎通ができたわけではないが、涼子の目は穏やかだった。
闘争心に溢れていることもなく、いつも私が感じていた冷たさもない。
なにかを気遣っているようで__。
「なんとか私が引き離すから」
すでに血の気が引いている伊藤明日香に、私は声を掛ける。
3番目に、因縁の2人が揃ってしまった。
裕貴のことだ。
競技を無視して明日香に襲いかかる可能性がある。大玉転がしでも、競技そっちのけでバットで殴りかかろうとしたじゃないか。その時は明日香が返り討ちにしたが、今回はそうはいかない。
できるだけ、2人を離さないと。
「頼んだぞ」
安藤が差し出したバトンを受け取る。
私が走り出した少し後に、涼子も駆け出してくるのが分かった。
正直、私は足は速くはない。
この中でなら、最も鈍足だろう。
すぐに涼子に追い抜かれるはず__だが、様子見しているのか、木崎涼子は追いついてくる気配もない。
まだそれぞれが一周目だ。
これは個人プレーじゃない。
前の走者の遅れもそのまま引き継がないといけない。遅れを取り戻し、リードを引き継いだなら更に広げる、チーム戦だ。
でも__私は振り返った。
涼子との差は更に開いている。
わざとじゃないか?
明日香と裕貴を引き離すために、わざと遅れているんじゃないか?