淡雪
「……見たところ、何ともなってねぇが。あいつ、揚羽を殺そうとしたのか」

「どうでしょう? 殺すつもりなら、閉じ込めて放っておくんじゃないですか? わざわざ飯を届けに行って、灯りまでつけてたんだ。気を失わせるだけの目的だったんでしょうよ。初めに殴ったときに、気を失わせることができなかったんで、首を絞めたんじゃないですかね」

「にしても……」

 咄嗟に首を絞めるなど、空恐ろしい女子だ。
 一歩間違えば、揚羽は死んでいた。
 ふと気付くと、揚羽がふるふると震えている。

「大丈夫か?」

「く、首を触られると……怖いです」

 見る間に顔色がなくなっていく。
 黒坂は揚羽を抱き寄せると、ぽんぽん、と背を叩いた。

「可哀想になぁ。傷は結構深いですぜ。廓勤めにも障りが出るんじゃないですか」

「そうなったら小槌屋、引き取ってくれよ」

「よぅございますよ。よく働いてくれそうですし」

 軽く言い、小槌屋は懐からいくばくかの金子を取り出した。

「花魁にゃ、黒坂様から伝えちゃどうです?」

「そうしたいが、五平はすぐに捕まるか?」

「というより、下手に花魁を外に出すのは危険でしょう。外で会うのではなくて、黒坂様が堂々と正面から会いに行けばいいのです」

「そんな金……。それに、正面から行ったら二人になれるまで時間がかかる。小槌屋だって、それで前諦めただろ」

「何、今は非常事態だ。黒坂様が正面から行けば、女将だって何か掴んだとわかるでしょう。何とかして、音羽花魁と会わせてくれるはずです」

 うーむ、と再び黒坂は考えた。
 黒坂のことは、女将も知っている。
 音羽との関係も知っているし、外で会っているのも知っている。
 その黒坂がこの時期に正面から行けば、揚羽絡みだとわかるだろう。

「そうだな……。別に二人でなくても、今回は女将がいてもいいか」

 揚羽をしばらく小槌屋に引き取るにしても、女将に話をつけておいたほうがいい。

「なら初めから、女将を訪ねて行こう」

 そう言って、黒坂は小槌屋から金子を受け取って腰を上げた。
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