淡雪
第十四章
夕方に揚羽を救い出し、それから延々話をしていたので、花街についたのは客が帰る頃だった。
この頃に見世に入ると、お茶引きの女郎が群がってくる。
「えらい遅いお越しですなぁ。でもまだいい娘が……」
揉み手をしながら近付いてきた幇間が、黒坂を認めるなり、おや、という顔をする。
「こりゃ旦那、正面からなんて、どうしなすったんで」
招き屋はさほど大きくないので、従業員も少ない。
ほぼ皆事情を知っている。
「ちょいと事情があってな。残念ながら、今日は客と言うより、女将に用事があるんだが」
黒坂が言うと、幇間は驚いた顔をした。
客であった者が女将に用事、ということは、身請けの話が濃厚だからだろう。
だが事情を知っている分、幇間の驚きは大きい。
黒坂が、そんな大金を工面することなどできないとわかっているからだ。
「花魁に関わることといえばそうだが、生憎花魁個人のことじゃねぇよ」
「はぁ」
曖昧に頷き、幇間は見世の奥に走った。
程なく戻ってきて、黒坂を中に促す。
通されたのは帳場の奥の、小さな座敷だ。
「お久しぶりにございますな」
女将が黒坂に、抜け目ない視線を送る。
こちらも当然、身請け話などとは思っていない。
だが『花魁に関すること』で何か察したらしい。
すぐに人払いをした。
「女郎の中には、口の軽い奴もいますからね。客に変なことを言って、妙な噂が流れちゃ困るんですよ」
もっともあんな目立つ子がいなくなったのだから、いつまでも隠しておけるものでもないけど、と女将はため息交じりに言う。
今は病気で寝込んでいる、とでも言っているのだろう。
「旦那が正面切って来られたのは、やはり揚羽のことですか」
き、と女将の顔が引き締まる。
最悪の事態を覚悟している顔だ。
切られた髪の毛だけが届けられれば、楽観的には考えられまい。
「俺のところにも、同じ髪の毛が届けられたんだ」
黒坂は、あえて奈緒から直で髪の毛を受け取ったことは言わなかった。
「なるほど。それで旦那が動いたわけですか」
「まぁ、揚羽のことは、よく知ってるしな」
そう言って本題に入ろうとしたとき、不意に部屋の襖が開いた。
この頃に見世に入ると、お茶引きの女郎が群がってくる。
「えらい遅いお越しですなぁ。でもまだいい娘が……」
揉み手をしながら近付いてきた幇間が、黒坂を認めるなり、おや、という顔をする。
「こりゃ旦那、正面からなんて、どうしなすったんで」
招き屋はさほど大きくないので、従業員も少ない。
ほぼ皆事情を知っている。
「ちょいと事情があってな。残念ながら、今日は客と言うより、女将に用事があるんだが」
黒坂が言うと、幇間は驚いた顔をした。
客であった者が女将に用事、ということは、身請けの話が濃厚だからだろう。
だが事情を知っている分、幇間の驚きは大きい。
黒坂が、そんな大金を工面することなどできないとわかっているからだ。
「花魁に関わることといえばそうだが、生憎花魁個人のことじゃねぇよ」
「はぁ」
曖昧に頷き、幇間は見世の奥に走った。
程なく戻ってきて、黒坂を中に促す。
通されたのは帳場の奥の、小さな座敷だ。
「お久しぶりにございますな」
女将が黒坂に、抜け目ない視線を送る。
こちらも当然、身請け話などとは思っていない。
だが『花魁に関すること』で何か察したらしい。
すぐに人払いをした。
「女郎の中には、口の軽い奴もいますからね。客に変なことを言って、妙な噂が流れちゃ困るんですよ」
もっともあんな目立つ子がいなくなったのだから、いつまでも隠しておけるものでもないけど、と女将はため息交じりに言う。
今は病気で寝込んでいる、とでも言っているのだろう。
「旦那が正面切って来られたのは、やはり揚羽のことですか」
き、と女将の顔が引き締まる。
最悪の事態を覚悟している顔だ。
切られた髪の毛だけが届けられれば、楽観的には考えられまい。
「俺のところにも、同じ髪の毛が届けられたんだ」
黒坂は、あえて奈緒から直で髪の毛を受け取ったことは言わなかった。
「なるほど。それで旦那が動いたわけですか」
「まぁ、揚羽のことは、よく知ってるしな」
そう言って本題に入ろうとしたとき、不意に部屋の襖が開いた。