淡雪
第十六章
朝になって、五平が訪ねてきた。
「音羽の様子はどうだ」
小槌屋の玄関先に転がり出るなり、黒坂が問う。
「傷の程度は、さほどでもありませんや。娘っ子の振り回す刃物ですから、威力も知れてますし。初めの突きが入ってりゃ、やばかったでしょうがね」
女子は力がないため、本気で相手を刺そうとするときは突きを使うものだ。
身体ごとぶち当たれば、体重全てを刃物に乗せられる。
奈緒も初めは懐剣を構えて突っ込んできた。
「ただ傷の位置がね……」
小槌屋に促されて奥の座敷に通された五平が、ふぅ、とため息をつく。
「いつも見えるところがざっくりで。何より顔を斬られてますから」
「まぁ命を奪うことが叶わないとなれば、顔を狙うでしょうな。花魁の顔が潰されたとなれば、女郎人生の終わりだ」
小槌屋が、揚羽の運んできた茶を啜りながら言う。
揚羽はさがらず、そのまま黒坂の隣に腰を下ろした。
音羽のことが気になるのだろう。
「そんなに酷いのか」
黒坂が聞くと、五平は人差し指を自分の右首筋から鼻の横辺りまで滑らせた。
「こんな感じで斬られてまして。顎がね、他より出てる分酷く深くて、口を動かせねぇんです。傷が塞がっても元通りになるかどうか」
「口を動かせなかったら、食事もできないじゃないか!」
いきなり揚羽が身を乗り出して声を上げた。
音羽の世話は、今まで一の禿であった揚羽の仕事だった。
だが今、揚羽は傍にいない。
禿は他にもいるので、そう不便は感じないかもしれないが、揚羽からすると自分が一番音羽のことをわかっているはずなので、こういうときこそ傍にいたいと思うのだろう。
「二、三日食わなくても、死にゃしませんや。その間に、傷も少しはマシになるんじゃないですかね。傷が塞がれば食事もできる……と思います。治ってみないと何とも言えませんが。それよりも、花魁の評判が心配でさぁ」
「音羽の評判? 奈緒が俺とのことを往来で叫んだからか?」
「うーん、それもありますが、それよりも花魁の周りに不穏な空気があるってんですよ。花魁の一の禿が病に倒れ……まぁ花街ではそうなってるんでね、で、その次は花魁自身が襲われた。二件とも花魁絡みだ。花魁に近付いたら不幸になるとか言い出す輩もいる始末で」
「けっ。馬鹿馬鹿しい」
「音羽の様子はどうだ」
小槌屋の玄関先に転がり出るなり、黒坂が問う。
「傷の程度は、さほどでもありませんや。娘っ子の振り回す刃物ですから、威力も知れてますし。初めの突きが入ってりゃ、やばかったでしょうがね」
女子は力がないため、本気で相手を刺そうとするときは突きを使うものだ。
身体ごとぶち当たれば、体重全てを刃物に乗せられる。
奈緒も初めは懐剣を構えて突っ込んできた。
「ただ傷の位置がね……」
小槌屋に促されて奥の座敷に通された五平が、ふぅ、とため息をつく。
「いつも見えるところがざっくりで。何より顔を斬られてますから」
「まぁ命を奪うことが叶わないとなれば、顔を狙うでしょうな。花魁の顔が潰されたとなれば、女郎人生の終わりだ」
小槌屋が、揚羽の運んできた茶を啜りながら言う。
揚羽はさがらず、そのまま黒坂の隣に腰を下ろした。
音羽のことが気になるのだろう。
「そんなに酷いのか」
黒坂が聞くと、五平は人差し指を自分の右首筋から鼻の横辺りまで滑らせた。
「こんな感じで斬られてまして。顎がね、他より出てる分酷く深くて、口を動かせねぇんです。傷が塞がっても元通りになるかどうか」
「口を動かせなかったら、食事もできないじゃないか!」
いきなり揚羽が身を乗り出して声を上げた。
音羽の世話は、今まで一の禿であった揚羽の仕事だった。
だが今、揚羽は傍にいない。
禿は他にもいるので、そう不便は感じないかもしれないが、揚羽からすると自分が一番音羽のことをわかっているはずなので、こういうときこそ傍にいたいと思うのだろう。
「二、三日食わなくても、死にゃしませんや。その間に、傷も少しはマシになるんじゃないですかね。傷が塞がれば食事もできる……と思います。治ってみないと何とも言えませんが。それよりも、花魁の評判が心配でさぁ」
「音羽の評判? 奈緒が俺とのことを往来で叫んだからか?」
「うーん、それもありますが、それよりも花魁の周りに不穏な空気があるってんですよ。花魁の一の禿が病に倒れ……まぁ花街ではそうなってるんでね、で、その次は花魁自身が襲われた。二件とも花魁絡みだ。花魁に近付いたら不幸になるとか言い出す輩もいる始末で」
「けっ。馬鹿馬鹿しい」